(1)アンブッシュ・マーケティングとは?
アンブッシュ・マーケティング(待ち伏せマーケティング)とは、大きなイベントの公式スポンサーではない企業が、あたかもそのイベントに関わっているかのように見せて宣伝する手法です。広告やライセンスの世界では知られた言葉ですが、一般には耳にしたことのない方も少なくないでしょう。
公式スポンサーは、多額の協賛金を払って「このイベントを応援しています」と名乗る権利を得ています。アンブッシュ・マーケティングは、その費用を負担せずにイベントの注目度だけに便乗しようとするもので、いわば信用への「ただ乗り」です。
よく見られる手口
具体的には、次のような形で行われます。
- イベント会場へ続く道路の両側に、イベントのロゴと自社の宣伝文を入れた垂れ幕を掲げる
- イベント名と宣伝文を記したアドバルーンを、会場の上空に揚げる
- イベントのシンボルマークと応援メッセージを、自分の店の店頭に張り出す
- イベントのシンボルマークや宣伝文を印刷したTシャツを観客に配り、客席を自社の色で染める
- イベント名を入れた横断幕を、観客席に掲げる
いずれも、主催者の許可を得ないまま、イベントの知名度を利用している点が共通しています。
立ちはだかる商標権
イベントの名称やロゴ、シンボルマークを無断で使えば、商標権の侵害になります。大規模なイベントの主催者は、こうした表示をあらかじめ商標登録で押さえているのが普通で、「登録されていなかった」という油断はまず通用しません。商標権がないと思い込んでロゴを使うのは、リスクの高い賭けです。
イベントに便乗した宣伝を考えるなら、まずは正式なスポンサー契約を結ぶか、主催者の了解を得る道を検討するのが筋です。
(2)登録商標を使わなければ商標権の問題は生じないのか
「イベント名やマークそのものを使わなければ問題ないはずだ」と考える方もいるでしょう。しかし、これは危うい思い込みです。
商標権は、登録された商標とまったく同じ表示だけでなく、それに似た表示にも及びます。登録商標を連想させるような書き方をすれば、侵害として訴えられる余地が出てきます。
しかも、商標登録されているのはイベント名やシンボルマークだけとは限りません。キャッチコピーやマスコットキャラクターまで登録されていることもあります。知らないうちにこうした権利に触れてしまわないよう、事前の確認が欠かせません。リスクを避けるには、企画に入る前にしっかり調査し、必要なら専門家に相談しておくと安心です。
(3)商標絡みの表記をしなければ大丈夫か
では、イベントに関係する商標をいっさい使わなければ安全かというと、そう単純でもありません。イベントを守っている法律は、商標法だけではないからです。
たとえば、商標登録がなくても、広く知られた表示を無断で使えば不正競争防止法に触れることがあります。会場で許可なく宣伝行為をすれば、会場の利用規約に反するとして退場を求められることもあります。無断で横断幕を張れば、敷地への無断立ち入りを問われる場合もあるでしょう。
保護されるべき利益が侵害されたときは、不法行為(民法709条)として損害賠償の対象になり得ます。何が「保護されるべき利益」に当たるかは、当事者の間で争いになりやすい部分です。主催者が「利益を害された」と受け止めれば、裁判に持ち込むことができます。商標権をクリアしただけでは安心できず、最後は主催者がどう判断するか次第なのです。
(4)五輪主催者側は本気
ブランドを守る厳しい姿勢
大規模なイベントほど、アンブッシュ・マーケティングを許さない姿勢を強めています。
たとえば東京オリンピック・パラリンピックでは、組織委員会が「大会ブランド保護基準」を定め、便乗広告に厳しく警告していました。大会を盛り上げたいという善意からの行為であっても、知的財産権に触れるものは見過ごされません。
オリンピックは、多数のスポンサーの協賛で成り立っています。ただ乗りが横行すれば、正規のスポンサーが離れ、大会の運営そのものが揺らぎかねません。そのため主催者は、便乗行為の排除に本腰を入れています。
逮捕にまで至った例
実際、東京オリンピックでは、五輪関連のエンブレムを販売目的で持っていただけで逮捕された例があります。ピンバッジの加工業者や印刷業者は、五輪に関する発注を受けたとき、その発注が正規のものかを必ず確かめておきたいところです。確認を怠れば、思わぬ摘発につながりかねません。
東京五輪ロゴ、不正使用の疑い ピンバッジ販売の男逮捕
2020年東京五輪・パラリンピックの文字商標を無断で使ったピンバッジを販売したとして、警視庁は、愛知県愛西市稲葉町のインターネットショップ経営者を商標法違反(侵害とみなす行為)容疑で逮捕し、15日発表した。
2017年6月15日付「朝日新聞」から
五輪ロゴを無断使用 ピンバッジ販売目的で所持、中国籍の2人を逮捕 警視庁
東京五輪・パラリンピックの文字商標「TOKYO2020」を無断使用したピンバッジを販売目的で所持していたとして、警視庁生活経済課は商標法違反の疑いで、中国籍の夫婦を逮捕した。2人とも容疑を認めている。
2017年10月24日付「産経ニュース」から
報道のとおり、無断で五輪の文字商標を使ったピンバッジを売ったり、売る目的で持っていたりしただけで、商標法違反(侵害とみなす行為)として逮捕されています。商標法違反の罪が問われるのは、原則として違反を承知のうえで行った場合ですが、有名なブランドや五輪のように、知らなかったでは通りにくい場面は現実にあります。仕入れや受注の段階で正当性を確かめておくことが、自分の身を守ることにつながります。
(5)まとめ
アンブッシュ・マーケティングは、仕掛ける側にとっては知恵比べのつもりでも、主催者から見れば、長い時間をかけて築いた信用へのただ乗りであり、黙って見過ごすことはありません。
発想としては面白くても、いざ実行すれば、商標法違反をはじめ、ほかの法令にも触れる危険があります。一時的に注目を集められても、結局は信用を失う結果になりかねません。
宣伝の企画を考えるときは、法的なリスクを正しく理解し、正式な手続きを踏むことが、自社のブランドを守る近道です。判断に迷ったら、早めに専門家へ相談することをおすすめします。
(6)よくある質問
Q1:公式スポンサーでなくても、イベントを「応援しています」と広告してよいですか?
イベントの名称やロゴ、シンボルマークを無断で使えば商標権侵害になります。直接使わなくても、それらを連想させる表現は不正競争防止法などに触れる可能性があります。応援の趣旨であっても、主催者の許可がなければ安全とはいえません。
Q2:イベント名やロゴを使わなければ、商標の問題は起きませんか?
そうとは限りません。商標権は似た表示にも及び、キャッチコピーやマスコットが登録されている場合もあります。直接の名称を避けても、連想させる表現で侵害を問われることがあります。
Q3:商標を一切使わなければ、訴えられる心配はありませんか?
商標法以外にも、不正競争防止法、会場の利用規約、無断立ち入り、不法行為(民法709条)など、複数の法律が関係します。商標を避けただけでは安心できません。
Q4:うっかり五輪などのロゴ入り商品を扱うと、逮捕されることもあるのですか?
実際に、五輪の文字商標を無断で使ったピンバッジを販売目的で持っていただけで逮捕された例があります。加工・印刷・販売に関わる事業者は、発注や仕入れが正規のものかを必ず確かめておきましょう。
Q5:便乗広告のリスクを避けるには、どうすればよいですか?
もっとも確実なのは、正式なスポンサー契約を結ぶか、主催者の了解を得ることです。企画の前に商標や関連する法令を調べ、判断が難しい場合は弁理士などの専門家に相談しておくと安心です。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
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