1.管轄
法律上の紛争につき、民事訴訟を通して解決しようとするならば、裁判所に対し訴えを提起することになります。ただ、裁判所の所在地は北海道から沖縄県まで日本全国に及びます。また、裁判所の種類も大別すると最高裁判所と下級裁判所に分かれ、下級裁判所は更に高等裁判所、地方裁判所、家庭裁判所、簡易裁判所に分かれます。
訴えを提起する際、原告は任意の裁判所を選択することはできず、訴えは管轄が認められる裁判所に提起しなければなりません。管轄は事務分担の定めであり、様々な観点から定められています。管轄のない裁判所へ訴えを提起したとしても、管轄裁判所に訴訟が移送された上審理されることになります。
知的財産権侵害訴訟は専門訴訟であるところ、充実した審理を実現するため、管轄の定めにも特別の規定が設けられています。
実際の知的財産権侵害訴訟において、管轄はどのように考えられるのでしょうか。特許権侵害訴訟と商標権侵害訴訟を例に説明します。
2.特許権侵害訴訟
(CASE1)
Xは本店所在地が名古屋市の会社であり、発明αに係る特許権を保有している。
他方、Yは本店所在地が横浜市の会社であるところ、Yは千葉市内において発明αの実施品を製造販売している。
Xとしては、訴訟において、発明αの実施品の製造販売の差止めと損害賠償を求めるのが一般的です。
Xは本店所在地が名古屋市の会社であるところ、名古屋地裁に訴えを提起することができれば、便宜といえます(以下簡易裁判所は除外して考えることにします)。Xが期日の傍聴等を望む場合、名古屋地裁であればアクセスは容易です。また、名古屋市の弁護士・弁理士を代理人として選任できれば、日当や旅費の負担を抑えることもできます。名古屋市の弁護士・弁理士であれば、打合せをスムーズに進めることもできるでしょう。
しかし、Xは名古屋地裁に特許権侵害訴訟を提訴することはできません。民事訴訟法は以下のように定めています。
(特許権等に関する訴え等の管轄)
第6条 特許権、実用新案権、回路配置利用権又はプログラムの著作物についての著作者の権利に関する訴え(以下「特許権等に関する訴え」という。)について、前二条の規定によれば次の各号に掲げる裁判所が管轄権を有すべき場合には、その訴えは、それぞれ当該各号に定める裁判所の管轄に専属する。
① 東京高等裁判所、名古屋高等裁判所、仙台高等裁判所又は札幌高等裁判所の管轄区域内に所在する地方裁判所
東京地方裁判所
② 大阪高等裁判所、広島高等裁判所、福岡高等裁判所又は高松高等裁判所の管轄区域内に所在する地方裁判所
大阪地方裁判所
(民事訴訟法6条1項)
すなわち、特許権等に関する訴えは、東日本であれば東京地裁に、西日本であれば大阪地裁に提起しなければなりません。特許権等に関する訴えは、高度の専門的知見が要求されるところ、専門的知見が蓄積した東京地裁と大阪地裁に事件を集中させることにより、法は迅速かつ充実した審理を実現しようとしています。
CASE1の事情に照らせば、Xは東京地裁に訴えを提起せざるを得ません。Xは地元で訴訟を追行することはできないことになります。
3.商標権侵害訴訟
(CASE2)
Xは本店所在地が名古屋市の会社であり、登録商標βを保有している。
他方、Yは本店所在地が横浜市の会社であるところ、Yは千葉市内において登録商標βを付した商品を製造販売している。
CASE2はCASE1と異なり特許権ではなく商標権侵害が問題となるものです。商標権は、特許権と同様、知的財産権に属するものであり、その審理には専門的知見が必要です。ただ、商標権に関する訴えは特許権等に関する訴えと比較して専門性が低いことも確かです。Xが名古屋地裁に訴えを提起できるか順を追って検討します。
まず、管轄は被告の本拠地の裁判所に認められます。これは被告が応訴を強制される点に鑑み、被告の本拠地の裁判所に管轄を認めることが公平といえるからです。登録商標βを付した商品の製造販売の差止めを求める場合、被告Yの本店所在地は横浜市であるため、横浜地裁に管轄が認められます。
また、管轄は不法行為地にも認められます。不法行為地には証拠が存在する可能性があると考えられているためです。Yは登録商標βを付した商品を製造販売し商標権を侵害しているところ、商標権侵害は不法行為であり不法行為地は千葉市となります。そのため、千葉地裁にも管轄が認められます。
さらに、商標権に関する訴えに専門的知見を要することに鑑み、民事訴訟法は以下のように定めています。
(意匠権等に関する訴えの管轄)
第6条の2 意匠権、商標権、著作者の権利(プログラムの著作物についての著作者の権利を除く。)、出版権、著作隣接権若しくは育成者権に関する訴え又は不正競争(不正競争防止法(平成5年法律第47号)第2条第1項に規定する不正競争をいう。)による営業上の利益の侵害に係る訴えについて、第4条又は第5条の規定により次の各号に掲げる裁判所が管轄権を有する場合には、それぞれ当該各号に定める裁判所にも、その訴えを提起することができる。
① 前条第1項第1号に掲げる裁判所(東京地方裁判所を除く。)
東京地方裁判所
② 前条第1項第2号に掲げる裁判所(大阪地方裁判所を除く。)
大阪地方裁判所
(民事訴訟法6条の2)
かかる条文は、意匠権等に関する訴えにつき、東日本であれば東京地裁への訴え提起を認め、西日本であれば大阪地裁への提起も認めるものです。東京地裁や大阪地裁に必ず提訴しなければならないというものではなく、原告が希望するのであれば、東京地裁や大阪地裁への提訴も認めるという規定です。そうすると、CASE2では東京地裁にも管轄が認められることになります。
したがって、商標権侵害に基づく差止めを求める場合、Xは横浜地裁、千葉地裁又は東京地裁のいずれかに訴えを提起することができます。
また、Xは差止めを求める他、Yの商標権侵害により損害が生じたとして損害賠償も求めたいと考えるはずです。財産権上の訴えにつき管轄は義務履行地にも認められるところ、商標権侵害に基づく損害賠償請求の義務履行地は、通常、原告の本拠地です。商標権侵害に基づく損害賠償を求める場合、原告Xの本店所在地は名古屋市であるため、名古屋地裁に管轄が認められることになります。
以上より、商標権侵害に基づいて差止めを求める場合には、横浜地裁、千葉地裁又は東京地裁に管轄が認められ、商標権侵害に基づいて損害賠償を求める場合には名古屋地裁に管轄が認められることになります。
求める裁判の内容により管轄裁判所が異なることになりますが、商標権侵害に基づく差止請求と損害賠償請求は、1つの裁判所において、同時に審理することが合理的といえます。そのため、名古屋地裁に管轄が認められる損害賠償請求と併せれば、差止請求についても名古屋地裁に管轄が認められることになります。
よって、CASE2では、Xは地元で訴訟を追行することができます。
4.まとめ
民事訴訟はコストが伴うことは避けられないものの、想定外のコストの負担は避けたいところです。訴訟の提起の段階において、どうしても勝敗の見込みに目を奪われることになりますが、遠方の裁判所で訴訟を追行すると、思わぬ負担に苦しむことにもなりかねません。民事訴訟による解決を図る場合、管轄についても留意することが大切です。
ファーイースト国際特許事務所
弁護士・弁理士 都築 健太郎
03-6667-0247