1.民法の改正
民法は私法の一般法といわれ、私人間の法律関係を広く規律する法律です。
私人の法律関係は財産に関するものと身分に関するものに大きく分けることができるところ、民法も財産法と家族法からなります(両者に共通する規定は民法総則として定められています)。
民法は第1〜3編が明治29年(1896年)に制定された法律であり、120年以上の長い歴史を有する法律ですが、一般法であるため、大きな改正の対象となることはあまりありませんでした。
ただ、社会・経済に変化が生じると、変化に応じて、法律の改正が検討されます。
第二次世界大戦後、個人の尊重が重視されるようになると、家制度を定めた家族法は大きな改正が行われました。
他方、財産法については、部分的な改正が行われる程度でしたが、明治時代と比較して社会・経済の変化は否定しようもなく、社会・経済の情勢に応じた改正が検討されることになりました。
その際、改正が検討されたのは、国民の生活や経済に深いかかわりがある契約に関する定めです。
今回の民法の改正は、「債権法改正」と呼ばれることもあります。
法務省の法制審議会は2009年から審議を行い、2015年に国会に提出された法案は、2017年に成立し、2020年4月1日に施行される予定です。
時効制度、法定利息、保証制度などに実質的な改正が加えられた他、判例などに基づき広く通用している解釈が明記されました。
2.消滅時効制度の改正
民法の改正は、極めて多岐の事項に及びます。
今回は消滅時効制度の改正について、取り上げます。
また、改正後の民法を改正法、改正前の民法を現行法と呼ぶことにします。
消滅時効制度は、権利が行使されない状態が一定期間続くと、権利が消滅する制度です。
現行法において、原則として、消滅時効は「権利を行使することができる時」
から10年とされています。
他方、職業の種類に応じて、消滅時効の期間が短かくなる場合があり、たとえば、飲食店の代金債権は、1年とされています。
短期消滅時効の定めは他にも色々とあります。
また、商法によれば、商行為によって生じた債権につき、消滅時効の期間は5年とされています(商事消滅時効)。
改正法では、「権利を行使することができることを知った時」
から5年の消滅時効が新たに定められました。
多くの場合、債権者は権利行使が可能であることを認識しているため、基本的に、消滅時効は5年となると考えられます。
権利行使が可能であることを認識していないといった例外的な場合に、従来どおり、10年の消滅時効にかかることになります。
また、社会状況の変化に応じ、取引の内容が多様化し、職業の当てはめが困難となったこともあり、職業別の短期消滅時効制度は、なくなりました。
同様に、商事消滅時効の適用の有無につき判断が難しい場合は少なくありませんでしたが、民法の改正に応じて、商法も改正され、商事消滅時効制度もなくなりました。
また、消滅時効制度には、それまでに経過した時効期間がなかったことになる制度や消滅すべき時が到来しても時効の完成が延びる制度があります。
現行法では、経過した時効期間がなかったことになる制度を「時効の中断」といい、時効の完成が延びる制度を「時効の停止」といいます。
ただ、「時効の中断」と「時効の停止」は、分かりにくい面があるため、改正法では、概念を整理した上、「時効の更新」と「時効の完成猶予」に改められました。
「時効の更新」としては、たとえば、債務者の権利の承認が挙げられます。
また、「時効の完成猶予」としては、たとえば、裁判上の請求が挙げられます。
3.知的財産権との関係
知的財産権の実務でも、知的財産権の契約が結ぶなどしたとき、消滅時効制度への留意が必要です。
たとえば、ライセンサーがライセンシーに対し、登録商標のライセンスを許したとき、ライセンサーはライセンシーに対し、金銭債権を有するのが通常です。
ライセンサーは、一般的に、権利行使が可能なことを認識しているでしょうから、改正法では、ライセンサーの金銭債権は、5年の消滅時効にかかります。
他方、権利行使が可能なことを認識していなければ、10年の消滅時効にかかることになります。
商標は、商品役務の目印であり、ライセンサーやライセンシーは商人であることが多いでしょうから、現在のところ、商事消滅時効として5年の消滅時効にかかることが多いでしょう。
改正法でも、5年の消滅時効にかかることが多いでしょうが、権利行使が可能なことをライセンサーが認識していなければ、10年の消滅時効にかかるため、改正法下では、消滅時効の完成を免れるケースも生じ得ます。
4.おわりに
人の生命・身体への侵害につき、不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効が3年から5年に伸びるなど、消滅時効制度に関する改正点は、他にも多々あります。
意図せぬ権利消滅を招かないためにも、改正法を踏まえた時効管理を検討する必要があります。
ファーイースト国際特許事務所
弁護士・弁理士 都築 健太郎
03-6667-0247