索 引
1. 指定商品・指定役務とは何か—商標権の「カバー範囲」を決める最重要ステップ
商標登録をしようとするとき、多くの方はロゴやブランド名そのものを守ることだけに意識が向きがちです。
しかし実際には「その名前をどの商品やサービスに使うのか」をはっきり示さなければ、商標権は成立しません。願書で具体的に示すこの「商標権のカバー範囲」が、指定商品・指定役務です。
「商品」は形のあるモノを、「役務」はサービスを表し、これらを正しく書き分けなければ審査官から「用途が不明確」という理由で拒絶される場合があります。またたとえば「平野コーヒー」という商標を商品としての「コーヒー」とか「コーヒー豆」にしか指定していないと、同じ名前で役務としてのカフェを開いた他社を止められない場合があるように、指定の範囲は商標権の射程そのものです。
2. 45区分を読み解く——「第何類」の仕組みを味方につける
世界共通のニース分類では、商品に関する第1類から第34類と、役務に関する第35類から第45類まで、計45の区分が用意されています。
例えば、被服は第25類、ソフトウェアは第9類、飲食店は第43類という具合に、業種ごとに「住所」が決まっているイメージです。
出願料や登録料は区分数で計算されるため、多くの区分を選べばその分コストも上がります。
また区分が違えば必ずしも類似商標が共存できるわけではなく、区分の範囲を超えて指定商品役務が類似する場合があります。商標登録出願の際の指定商品役務の指定が的確かどうかで審査結果は変わります。区分選択は単なる費用事項ではなく、ビジネスの将来像を映す鏡と心得ましょう。
3. 失敗しない選定法——「今」と「5年後」を同時に描く
指定商品・指定役務は「現在使っているか、近い将来確実に使う予定があるか」を基準に決めるのが鉄則です。使用する意思がないまま広げすぎれば、審査で意思の証明を求められたり、登録後に不使用取消しのリスクが高まったりします。
私がクライアントと打合せをするときは、まず3〜5年の事業計画を確認し、そこに登場する商品・サービスだけを抽出します。
狭すぎれば権利が手薄になり、広すぎれば費用も手続きも増える。両者のバランスを取ることが、後悔しない商標登録への近道です。
4. 願書に書くときの“お作法”——審査官と同じ言語で話す
願書では複数の商品・役務を全角カンマで並べ、特許庁が認める表現を使う必要があります。たとえば「衣料品の小売」は正式には「被服の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」と記載しなければなりません。
また審査に合格した後の登録した商標は使用義務があります。ライバルから登録商標を使っていないとの理由で不使用取消審判の攻撃を受けた場合、実際に登録した商標を指定商品役務に使っていないと、登録が取り消されてしまいます。
この攻撃を回避するために、「Tシャツ」「ポロシャツ」「スウェットシャツ」のように指定商品を具体的に書いた方が後での使用証明が楽です。
また権利侵害の場面でも具体的に指定商品役務を記載しておくことが解釈に迷いがなくなります。
一方で具体的に指定商品役務を書き込み過ぎて、上位概念で記載されるべき指定商品役務を願書に記載することを忘れると大変です。具体的に記載した内容に、権利範囲が限定されてしまうからです。
自己流の略語や業界固有の呼び名は避け、類似商品・役務審査基準や既存の登録例に合わせた言い回しを採用しましょう。
5. 業種別に見る“鉄板”指定例——ケーススタディで理解を深める
IT企業なら第9類の「電子計算機用プログラム」や第42類の「クラウドコンピューティング」が中心ですが、AI やブロックチェーンの展開を見込むなら人工知能も見据えた記載を加えると万全です。
アパレルブランドは第25類の被服を核に、第35類の「被服の小売または卸売」に、さらに被服以外の権利範囲を拡張可能です。これによって実店舗や EC サイトでの販売もカバーできます。
飲食業は、第30類でコーヒーやパンなどのテイクアウト食品の権を押さえ、第43類で飲食店サービスのイートインの権利を登録しておくと、テイクアウトとイートインの療法をカバーできて、商標権侵害への対応も容易になります。
企業コンサルティング業の場合、例えば、第35類で「経営の診断または助言」を基本とし、専門領域があるなら「人事に関する助言」など具体化すると指定商品役務の解釈が楽になり、商標権を侵害しようとするライバルに対する抑止力が高まります。
このように、業種ごとに中核区分と周辺区分を整理し、コア事業から優先的に登録する戦略がコストと権利の両面で合理的です。
6. 情報収集の強い味方——J-PlatPatと審査基準をフル活用
最初に使うべきは特許情報プラットフォーム「J-PlatPat」の商品・役務名検索です。キーワードを入れるだけで区分と正式名称が分かり、同業他社の登録状況も一目で把握できます。
慣れてきたら「類似商品・役務審査基準」に目を通し、表現の揺れや微妙な違いを確認すると、より高い精度で指定商品役務を選択できます。私は特許情報プラットフォーム「J-PlatPat」を使って、「検索で候補を取得→他社の登録例で相場を確認→審査基準で最終チェック」という三段階の流れで、確認しています。
7. 典型的な落とし穴——曖昧表現と過剰指定のワナ
「システム開発」や「コンサルティング」といった漠然とした言い回しは、審査官に内容不明と判断されがちです。何のシステムか、どの分野のコンサルティングかを具体化しなければ拒絶理由が付く恐れがあります。
また一つの区分当たりの類似群コード(指定商品役務について設定された識別番号)が23個を超えると、特許庁の商標審査官から使用意思を示す追加書類が求められるため、むやみに商品・役務を増やすと手間もコストも跳ね上がります。
特許庁の“辞書”である審査基準に沿った明快な表現こそ、スムーズな審査通過への最短距離です。
8. 権利を最大化するプロの視点——“未来逆算型”の区分設計
将来の事業を逆算して区分を選ぶと、ビジネス拡大とともに商標権がしっかり追随します。
自社でオンラインサービスから始めて近い将来にスマホアプリ公開を予定しているのなら、初回出願時点で第9類の「アプリケーションソフトウェア」を追加しておけば、改めて出願する手間とか、ライバルによる商標権の横取りを避けることができます。
また競合調査も欠かせません。
同業大手の登録範囲を特許情報プラットフォーム「J-PlatPat」で調べると、市場で標準的とされる権利の広さが見えてきます。
出願区分を絞る場合も、コア事業の第1優先、周辺ビジネスの第2優先というように優先順位を設定すると、予算内で最適な範囲が設計できます。
拒絶理由通知が届いたときは、削除や補正だけで乗り切るのではなく、審査官の意図を読み取り、追加説明書で具体的な使用形態を示すと円滑に解決できるケースが多いものです。
特許庁の商標審査官が示す拒絶理由通知には、このラインなら通す、このラインに届かなければ通さないとのヒントが示されていることが多く、審査官の意図を的確に読み取って、漏れがないように対応することが大切です。
9. 総まとめ——初心者でも絶対に外せない三つの心得
- 指定商品・指定役務は「誰が見ても明確にわかる」特許庁指定の表現で書くことが欠かせません。
- 一度出願すると、指定商品役務の追加補正は特許庁では一切認められません。出願前に願書の指定商品役務の記載が必要十分かチェックしましょう。
- 迷ったときは専門家に相談する勇気を持つことです。審査官への適切な対応や、記載不備・記載漏れの再出願の倍額コストを考えれば、最初にプロへ依頼した方が結果的に安く上がる場面が多々あります。
商標は企業の信頼を可視化する資産です。ここで紹介した考え方を実践し、あなたのブランドをしっかり守りながら、次のステージへ羽ばたきましょう。
10. よくある質問(FAQ)
Q1. 区分と類似群コードはどう違うのですか?
区分は国際的に共通する第1類から第45類までの大分類で、商標権の権利範囲を定める指定商品や役務が入る分類です。出願料や登録料の計算単位になります。一方、類似群コードは日本の特許庁が設定した細分類で、商品や役務同士の類似関係を判断する指標です。区分が異なっても類似群コードが同じなら、互いに類似すると評価されます。
Q2. 複数区分を出願すると費用はどれくらい増えますか?
電子出願の場合、特許庁印紙代は一区分につき12,000円で、たとえば三区分なら29,200円になります。登録時にも区分数×32,900円の登録特許庁印紙代がかかり、弁理士へ依頼する場合は別途報酬が加算されます。必要かつ十分の区分を見極めることが重要です。
Q3. 出願後に指定商品・指定役務を増やせますか?
出願後に追加することはできませんが、範囲を狭める減縮は可能です。新しい商品・役務をカバーしたい場合は、改めて別出願が必要になります。別出願すると、特許庁に支払う印紙代だけでも相当な追加額になりますので、初回から十分に検討しておくことが望まれます。
Q4. 海外での商標出願では何に気を付けるべきですか?
国や地域によって区分の解釈や記載ルールが異なるため、日本で通用する表現がそのまま認められないことがあります。マドリッド協定議定書を利用して国際登録をする際も、日本での指定範囲を超えて保護を求めることはできません。海外展開を視野に入れる場合は、各国制度に精通した弁理士・弁護士の専門家に早期相談することを推奨します。
適切な指定商品・指定役務で盤石の権利を築き、ブランドをより強く、より遠くへ拡散させましょう。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247