1.振り込め詐欺のターゲット「国際登録出願」
最近、商標に関する詐欺が横行しています。特にターゲットとなっているのは「国際登録出願」を行った企業や個人です。
「国際登録出願」とは、複数の国や地域で商標を一度の手続きで登録するための制度です。
この制度は「マドリッド協定議定書(通称:マドプロ)」という国際条約に基づいています。ただし、この出願で得られるのは「全世界で有効な商標権」ではありません。あくまで、複数の加盟国や地域に商標を出願する手続きをまとめてできる、というメリットがあります。
たとえば、日本のA社が「アメリカ、中国(香港・マカオ除く)、EU」で商標登録をしたい場合、まずA社は日本での商標を基礎に「国際登録出願」の手続きを行います。その申請書はスイスのジュネーブにあるWIPO(世界知的所有権機関)に送られ、方式面の審査が行われます。この審査に通過すれば「国際登録」が成立します。
ただし、この時点では第一段階をクリアしたに過ぎません。
ここで得られるのは、各国での出願日が「国際登録日」と同じ扱いになるという効果だけです。商標権が発生したのではない点に注意してください。
その後は、各国の特許庁での審査に合格して初めて、各国での商標権が正式に認められます。
詐欺にどう注意するか?
「国際登録出願」を行った企業や個人に対し、WIPOや各国の特許庁とは無関係の組織から、紛らわしい名称を使って手数料の支払いを求める詐欺的な通知が送られるケースが増えています。これらの通知には十分に警戒してください。
2.何で詐欺集団から連絡が来てしまうの?
「なぜ突然、怪しい通知が届くの?」と思われるかもしれませんが、その理由は簡単です。WIPO(世界知的所有権機関)が商標登録の内容を公開しているためです。
公開される情報には、商標やその使用対象である商品やサービスだけでなく、出願者の名前や住所も含まれています。
そして、この情報は誰でも無料で閲覧できるのです。詐欺集団は、この公開情報を利用して、無差別に通知を送りつけていると考えられます。
「個人情報が公開されるなんて、被害を防ぐためにやめてほしい」と思うかもしれませんが、商標権には強力な効力があります。
それは、指定された商品やサービスについて、その商標を独占的に使用できる権利です。そのため、誰が商標権者かを明らかにしておく必要があるのです。商標権者が不明だと、商標の使用許諾や交渉を行いたい場合でも連絡が取れなくなってしまいます。
日本でも、特許庁の「特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)」で商標出願の情報が公開されていますが、出願者の住所を確認するには複数のステップを踏む必要があり、簡単には住所が見られないよう配慮されています。
3.こんな通知がきても払ってはダメ!
「国際登録出願」に関連した「振り込め詐欺」は、全世界で頻発しており、WIPO(世界知的所有権機関)も偽通知の実例を公式サイトで公開し、注意を呼びかけています。
では、WIPOが挙げている不審な通知の典型的な特徴を確認してみましょう。
(1)住所の違い
WIPOの正式な所在地はスイスのジュネーブです。しかし、詐欺通知の送り主は主に東欧の国から発信されていることが多いようです。
WIPOのサイトで公開された国際的な振込詐欺通知事例1
WIPOのサイトで公開された国際的な振込詐欺通知事例1
WIPOのサイトで公開された国際的な振込詐欺通知事例3
(2)通貨の違い
WIPOへの正規の支払いはスイスフランのみです。それにもかかわらず、詐欺通知ではユーロや米ドルでの請求がなされるケースが目立ちます。
WIPOのサイトで公開された国際的な振込詐欺通知事例4
WIPOのサイトで公開された国際的な振込詐欺通知事例5
(3)そもそも…
「国際登録出願」では、WIPOへの支払いは原則として出願前の1回限りです。出願後にWIPOから追加の費用を請求されることはありません。
また、日本の特許庁を通じて手続きした場合、出願日が2023年4月1日以降の出願又は事後指定の場合は一括納付制度が適用されるため、個別手数料の第二段階部分(登録料相当分)の納付は不要です。
詐欺通知では、この点を逆手に取り、あたかも追加費用が必要であるかのように装っています。
4.もし疑わしい通知が届いたら・・・
本物のWIPOからの通知には、公式のマークと「WIPO」の文字が記載されています。しかし、WIPOによると、正しい住所やロゴを使った偽の通知が実際に発生している事例もあるそうです。
WIPOからの正式な通知例
もし少しでも疑わしい通知が届いた場合、すぐに依頼している弁理士に相談することが最も確実です。もちろん、弊所でもご相談を承っておりますので、遠慮なくご連絡ください。
大切なことは、通知の真偽がはっきりするまで、絶対に支払いを行わないことです!(ほとんどの場合、偽物である可能性が高いです)
さらに、WIPOでは「振り込め詐欺」の撲滅を目的として、偽通知の情報を収集しています。もし詐欺通知を受け取った場合、WIPOに報告することで、他の被害者を守ることができるかもしれません。
5.まとめ
ある日突然、外国語で「お金を払わないと商標権が取得できない!」という通知が届いたら、驚いて焦るかもしれません。中には、「そんなの、よく見れば偽物だってすぐ分かる!」と思う方もいるでしょう。
確かに、今報告されている詐欺通知の多くは、細かく確認すれば偽物だと判断できるかもしれません。しかし、詐欺の手口は日々巧妙化しています。油断や過信は禁物です。
まずは冷静になって、少しでも疑わしいと感じたら、必ず専門家に相談してください。私たち弁理士は、そのために存在しています。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247