1.先行商標に類似するとして拒絶された商標
商標登録出願を行うと、特許庁の審査官の審査に付されます。商標法は商標登録ができない事由を定めているところ、出願商標がこの事由に該当しなければ、商標登録が為されます。
商標登録ができない事由があると審査官が考えれば、その理由を説明します。
反論の機会が出願人に与えられますが、反論が容れられなければ、拒絶査定が発せられます。
商標登録を受けられないとき、出願商標を使用できないかといえば、必ずしもそういうわけではありません。
たとえば、出願商標が、商品の品質を表示するものであり特徴のない字体のみからなれば、商標登録を許されません。
ただ、その理由は、出願商標が特定の者に独占させるのが適当とはいえなかったり自他の商品等を識別する力が乏しかったりすることにあります。
出願人が出願商標を使用することに具体的なリスクがあるわけではなく、基本的に使用に支障はないと考えることができます。
他方、登録等された先行商標が存在し、この先行商標との類似を理由に、出願商標が商標登録を許されなかったとき、出願人は出願商標の使用を控えるのが適当といえます。
商標法には、類似商標に関する定めが随所に存在するところ、ここでは、以下の定めが関係します。
(商標登録を受けることができない商標)
第4条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
(11) 当該商標登録出願の日前の商標登録出願に係る他人の登録商標又はこれに類似する商標であつて、その商標登録に係る指定商品若しくは指定役務(第6条第1項(第68条第1項において準用する場合を含む。)の規定により指定した商品又は役務をいう。以下同じ。)又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの
(商標法4条1項11号)
(侵害とみなす行為)
第37条 次に掲げる行為は、当該商標権又は専用使用権を侵害するものとみなす。
(1) 指定商品若しくは指定役務についての登録商標に類似する商標の使用又は指定商品若しくは指定役務に類似する商品若しくは役務についての登録商標若しくはこれに類似する商標の使用
(商標法37条1号)
先行商標に「類似する商標」につき登録を許さない旨4条1項11号が規定する一方、「類似する商標」の使用は商標権等の侵害であると37条1号は規定しています。
4条1項11号が登録の局面であり37条1号が侵害の局面であるところ、登録の局面と侵害の局面の双方において「類似する商標」か否かが問題となります。
そして、類否判断の基準は、登録の局面と侵害の局面において、基本的に同一であると解されているため、登録の局面において「類似する商標」と判断された出願商標は、侵害の局面においても「類似する商標」と判断されることになります。
出願商標が先行商標との類似を理由に商標登録が許されなかったときには、先行商標に係る商標権を侵害する可能性が高いといえ、出願人は出願商標の使用を控えるのが適当といえるのです。
2.商標の類否判断の基準
(1)特許庁と裁判所
商標の類否は、侵害の局面においては、裁判所が判断します。
他方、登録の局面において、一次的には特許庁の審査官が商標の類否を判断します。
その判断に不服があれば、特許庁長官に審判の請求等を行うことができ、審判・決定に不服がある場合、初めて、裁判所に取消訴訟を提訴することになります。
商標の類否は最終的には裁判所で決せられるものの、審決・決定の取消訴訟の出訴件数が2016年で50件程度であることに鑑みれば、商標の類否が裁判所まで争われることはそれほど多いとはいえません。
(2)『商標審査基準』
特許庁は、審査の適正化のため、『商標審査基準』を作成し、商標の類否判断に関しては、以下のように定めています。
商標の類否は、出願商標及び引用商標がその外観、称呼又は観念等によって需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に観察し、出願商標を指定商品又は指定役務に使用した場合に引用商標と出所混同のおそれがあるか否かにより判断する。
なお、判断にあたっては指定商品又は指定役務における一般的・恒常的な取引の実情を考慮するが、当該商標が現在使用されている商品又は役務についてのみの特殊的・限定的な取引の実情は考慮しないものとする。
(特許庁編『商標審査基準[改訂第13版]』78頁)
後述のとおり、判例は商標の類否を商品役務の出所混同によるべきとしているところ、『商標審査基準』も基本的に判例と同じ立場に立つものと考えられます。
また、取引の実情も、商標の類否判断の際、考慮されるものの、一般的なものに限り考慮し特殊的なものを考慮しないとする点も裁判所が判示した考えです([保土谷化学工業事件]:最一小判昭和49年4月25日取消集昭和49年443頁)。
(3)判例
上述の『商標審査基準』は、以下の判例に基づくものと思われます。
商標の類否は、対比される両商標が同一または類似の商品に使用された場合に、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによつて決すべきであるが、それには、そのような商品に使用された商標がその外観、観念、称呼等によつて取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべく、しかもその商品の取引の実情を明らかにしうるかぎり、その具体的な取引状況に基づいて判断するのを相当とする。
([氷山事件]:最三小判昭和43年2月27日民集22巻2号399頁)
上述の判例は、商標の称呼・外観・観念に加え、取引の実情も考慮した上で、商品の出所の誤認混同が生じるとき、商標の類似を認めるものです。
取引の実情に関しても、一般的なものを考慮するとの考えを前提とします。
ただ、上述の判例は、重要な先例と位置付けられているものの、その後の裁判例は、取引の実情の考慮に関し、一般的なものを離れて個別具体的なものを考慮する傾向にあります。
商品の販売態様が訪問による販売か店頭による販売か、店頭販売の場合、展示態様がどのようなものであるか問題とする裁判例もあります([大森林事件]:最三小判平成4年9月22日集民165号407頁)。
上述のとおり、商標の類否判断において、特許庁は特殊的・限定的な取引の実情を考慮しないとの立場を一応とっているところ、裁判所と特許庁との間には、取引の実情の考慮にスタンスの相違があるといえそうです。
3.おわりに
「類似する商標」の解釈が4条1項11号と37条1号において同一であるとしても特許庁と裁判所との間の実務には微妙な相違があるため、特許庁の登録時の判断と裁判所の侵害時の判断が一致しない場合も想定できないわけではありません。
商標の類否は、最終的には裁判所において決着を付けられることになります。
ファーイースト国際特許事務所
弁護士・弁理士 都築 健太郎
03-6667-0247