1.商標の出願は公開される
企業の新商品やサービスの企画・開発は、情報漏洩を防ぐため社内で慎重に行われます。当然、それに付ける商標も可能な限り秘密にしたいと考える企業が多いでしょう。しかし、商標登録を出願すると、その商標は必ず公開される仕組みになっています。
商標登録出願をすると、出願から約2〜3週間後に「出願公開」が行われます。これは平成11年(1999年)にマドリッド協定議定書に対応するために導入された制度です。出願が公開されると、独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)が運営する「J-PlatPat」で検索できるようになります。
この出願公開制度の目的は、事業者が商標を選ぶ際、すでに出願された商標と重複していないか事前に確認できるようにすることです。
2.登録商標も公開される
商標登録が完了すると、登録から3〜4週間後に「商標公報」が発行され、登録商標の内容が明らかになります。登録後の商標情報も「J-PlatPat」で検索可能であり、審査時や登録後の経過情報も閲覧できます。
つまり、企業がどれだけ商標を秘密にしたくても、出願した時点でその内容が公開されてしまうため、商標登録出願を秘密にすることはできません。
3.商標には「秘密にする制度」がない
意匠登録(デザイン保護)の制度には、「秘密意匠制度」があり、登録後最大3年間、デザインの内容を非公開にできます。これは、意匠の新規性を保つための制度です。
しかし、商標にはこのような秘密保持制度がなく、商標を秘密にしたまま登録する方法は存在しません。
4.商標を秘密にするための戦略
新しい商品やサービスを発表すると、商標を秘密にする必要性はなくなります。そのため、商品やサービスの発表直前に商標登録出願を行うことで、秘密を守る方法が考えられます。
4-1. 事例:任天堂の商標出願戦略
任天堂は、以下のように商品発表の直前に商標出願を行うことで、商標の秘密を守る戦略を採用しています。
Nintendo Switch
- 発表日:2016年10月20日
- 販売開始日:2017年3月3日
- 出願日:2016年10月18日(発表の2日前)
- 登録番号:第5925487号
- 指定商品:第28類「携帯用電子ゲーム機」等
Nintendo Labo
- 発表日:2018年1月18日
- 販売開始日:2018年4月20日
- 出願日:2018年1月16日(発表の2日前)
- 登録番号:第6036547号
- 指定商品:第9類「家庭用テレビゲーム機用プログラム」等
このように、発表直前に出願することで、競合に先を越されるリスクを抑えながら商標を秘密にできます。
4-1-1.. 先願主義のリスク
日本の商標制度は先願主義を採用しており、同一または類似の商標が同一または類似の商品・役務に使用される場合、最も早く出願した者が権利を取得できます。そのため、発表直前まで出願を遅らせると、第三者に先に出願されるリスクが生じます。
任天堂の事例では、「NINTENDO SWITCH」「NINTENDO LABO」の両商標に「NINTENDO」が含まれているため、第三者が登録を受けることは困難でした。しかし、ブランド名が含まれない商標では、このリスクを慎重に考慮する必要があります。
4-2. Apple Inc.の商標秘密保持戦略
Apple Inc.は、新商品発表の数ヶ月前に商標登録出願を行いながらも、商標を秘密にする戦略を採用しています。
Face ID
- 発表日:2017年9月12日
- 日本での出願日:2017年9月12日(発表日と同日)
- 先願権発生日:2017年4月24日
- 優先権主張の基礎出願国:リヒテンシュタイン
4-2-1. 優先権制度の活用
Apple Inc.は、パリ条約の優先権制度を活用し、発表前に他国で出願しつつ、出願日を遡らせることで権利を確保しています。
4-2-2. 優先権制度の仕組み
ある国で商標登録出願を行うと、その出願日から6ヶ月以内であれば、他の同盟国での出願において最初の出願日が「先願日」として認められます。
例えば、2017年4月24日にリヒテンシュタインで出願し、日本で2017年9月12日に出願した場合、日本での出願日は4月24日と見なされる。
この手法により、Apple Inc.は発表当日に商標を出願しながらも、競合他社に先を越されることなく商標権を確保できます。
4-2-3. 出願商標の探知を困難にする国の利用
Apple Inc.は、リヒテンシュタインやジャマイカなど、商標出願が一般公開されない国を利用しています。
- リヒテンシュタイン:出願商標は公開されず、登録商標のみが公開される
- ジャマイカ:商標データベースがオンラインで公開されておらず、出願商標を探知しにくい
この手法を活用することで、Apple Inc.は早期に商標権を確保しつつ、商標情報を秘密にすることに成功しています。
4-2-4. ここがポイント
- 発表直前に商標登録出願を行うことで、商標の秘密を守れるが、先願主義のリスクに注意が必要
- 優先権制度を活用し、第三国で先に出願することで、商標を秘密にしながらも早期に権利を確保可能
- リヒテンシュタインやジャマイカなど、出願商標が公開されない国を利用することで、競合による商標探知を回避できる
商標の秘密保持には慎重な計画が必要ですが、適切な手法を活用すれば、競争優位を確保しつつリスクを最小限に抑えることが可能です。
5.まとめ
日本の商標制度では、商標登録出願を長期間秘密にすることはできません。また、費用や手続きの負担を考慮すると、Apple Inc.のように優先権制度を利用する方法も、現実的な選択肢とは言い難いでしょう。
ただし、商品やサービスの発表直前に商標登録出願を行うことで、一定期間は商標を秘密にできます。しかし、その場合、商標の使用開始時点で特許庁の審査が完了しておらず、商標登録が未了の状態で使用を開始するリスクが生じます。
商標登録が完了していない段階で使用する場合、審査官のチェックを経ていないため、既存の商標と衝突するリスクや、登録できない可能性を考慮する必要があります。
「商標の秘密を守るか」「法的な安全性を確保するか」— このバランスを慎重に検討し、事業戦略に適した対応を選択することが重要です。
ファーイースト国際特許事務所弁護士・弁理士 都築 健太郎
03-6667-0247