索 引
- 出典・対象範囲:特許庁『特許行政年次報告書 2024年版』の商標に関する統計(主に2023年実績)を用いて整理しています。
- 用語メモ:本文の「出願実効件数」は、報告書のファーストアクション(FA)件数(当年に最初の審査結果通知が出た件数)を指します。FAには前年以前の出願も含まれるため、同年の出願件数と一対一対応ではありません。
1. 各年度の出願実効件数(FA)と登録の状況
商標登録の実態を把握するため、2025年現在で入手できる特許庁『特許行政年次報告書 2024年版』から、2023年の統計データを確認してみましょう。
特許庁の年次報告書によれば、2023年の商標出願件数は164,061件でした。このうち、当年に最初の審査結果通知が発送されたFA件数は142,461件となっています。
FA件数とは出願実効件数のことで、前年以前に出願された案件も含まれるため、同年の出願件数とは必ずしも一致しません。
審査の結果、登録査定を受けた件数は125,973件、実際に登録された件数は124,334件でした。
ここで注意したいのが、よく紹介される「審査合格率」の計算方法です。
登録査定件数をFA件数で割ると約88.4%(125,973 ÷ 142,461)となりますが、これは当年に出た通知どうしの「年次フロー比」であり、同一案件群の厳密な合否率を示すものではありません。
FAで拒絶理由通知を受けた出願であっても、その後の対応によって登録に至るケースがあるためです。
統計の数字を読み解く際は、この前提を理解しておくことが大切です。
なお、総出願件数よりFA件数が多い年があっても不思議ではありません。
FAは「当年に通知が出た件数」であり、前年までに出願された案件の繰越分を含むためです。このように、商標統計には年度をまたいだ処理の流れが反映されています。
2. 異議申立と無効審判の実請求数の推移
商標登録後に権利を争う手段として、異議申立と無効審判があります。まず、それぞれの制度の要点を整理します。
異議申立は、商標公報が発行されてから2か月以内に、登録の取り消しを求める手続きです。
原則として誰でも申し立てることができますが、実務上は代理人を通じて申し立てるのが一般的です。
一方、無効審判は異議期間が経過した後も請求できますが、利害関係人に限定されています。
いずれの手続きも認められれば、当該商標権は消滅します。
なお、国内で3年間使用されていない商標に対する不使用取消審判という別の取消制度もありますが、ここでは扱いません。
2023年の異議申立の状況
2023年の異議申立の状況を見てみましょう。申立件数は304件(権利単位)で、取消決定が出たのは41件、維持決定が出たのは396件でした。
取消成功率を参考値として計算すると、約9.4%(41 ÷ 437)となります。
ただし、当年に下された決定には前年以前に申し立てられた案件も含まれるため、件数の大小を同年の申立件数と機械的に対応づけるのは正確ではありません。
2023年の無効審判の状況
無効審判については、2023年の請求件数が95件でした。
このうち請求が成立(無効)したのは19件、請求不成立(含・却下)が51件で、成立率は約27.1%(19 ÷ 70)となっています。異議申立と比較すると、無効審判の方がやや成立率が高い傾向にあります。
3. 表だって商標権を取り消す行為に踏み切る割合は?
それでは、登録された商標のうち、実際にどれくらいの割合で異議申立や無効審判といった争いに発展しているのでしょうか。
2023年の異議申立304件と無効審判95件を合計すると399件になります。これを同年の登録件数124,334件で割ると、約0.32%に相当します。
この計算で母数として登録件数を採用したのは、異議申立も無効審判も、いずれも登録後に用いられる事後的な手段だからです。
参考までにFA件数を母数にすると約0.28%となりますが、趣旨は変わりません。
いずれにせよ、約99.7%の登録商標は、異議や無効といった争いが表立って顕在化していないというのが実情です。
年度別の推移を確認しても、異議申立や無効審判の件数が近年とび抜けて増加している傾向は見られません。商標登録をめぐる争いは、統計上は限定的な規模にとどまっていると言えます。
4. 他人の商標の横取り出願はどれくらいあるのか
実務上、特定の出願人が大量に商標を出願する事例が存在します。
ただし、他人が既に使用している商標に便乗したいわゆる「横取り」型の出願は、審査段階で拒絶理由に該当しやすく、登録まで至りにくいのが一般的です。
具体的には、識別力の欠如、他法との抵触、先願・先登録との関係などが拒絶理由として挙げられます。
出願動向を見ると、総出願件数は2021年の184,631件から2023年の164,061件へと減少傾向にあります。
2023年の出願件数とFA件数の差は約21,600件ありますが、これを「門前払い(却下等)の件数」と解釈するのは誤りです。
この差は主に計上年度のズレによって生じるものです。
当年出願のFAが翌年以降になる分と、前年以前の出願に対する当年FAの分が存在するため、単年度で比較すると差が生まれます。
形式不備等による却下は一定数ありますが、その規模を「出願件数−FA件数」の差だけから推し量ることはできません。
5. 横取りトラブルが「少ない=安心」ではない理由
統計上、登録後に争いに発展する割合は1%未満と小さく見えます。
しかし、実務の現場では、ビジネス上の事情から公に争いにしないケースも一定数存在します。
相手方との関係性、訴訟コスト、時間的制約、風評リスクなど、さまざまな要因によって、本家本元の商標使用者側が泣き寝入りを選択するケースもあるのです。
私どもの相談事例を振り返っても、早期の先取り出願や周辺分野まで含めた防御的出願が、トラブルの未然防止に役立っているのは確かです。
統計の数字だけを見て安心するのではなく、自社のブランドを守るための具体的な対策を講じることが求められます。
6. まとめ:先手必勝の制度。重要な標章は先に押さえる
日本の商標制度は先願主義を採用しています。
つまり、同じ商標について複数の出願があった場合、先に出願した者が優先されます。
他者に先を越されてからでは、防御にコストと時間がかかります。場合によっては、長年使用してきたブランド名であっても、権利を主張できなくなる可能性があります。
重要なブランド名・ロゴ・スローガン等は、使用開始前後の早い段階で出願しておくのが賢明です。
もし登録後に問題が生じた場合でも、異議申立や無効審判といった手段が用意されています。
状況に応じて、期限管理と証拠収集を前倒しで進め、適切な対応を取ることが大切です。商標登録は、ビジネスの成長を支える基盤として、早めの対策を心がけましょう。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
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