索 引
1. 商標「くくる」の商標権はどうなっているのか
くくる関係の商標は1997年から取られている
たこ焼きチェーン店を全国で多数展開する白ハト食品工業は、「くくる」についての多数の商標権を保有しています。では、商標権者側は、どのような形で権利行使ができるのでしょうか。
以前、商標権者の白ハト食品工業が、複数の飲食業者にくくる関係の商標を使わないよう警告書を送付したことが報道されたことがあります。商標権侵害を止めてもらうためには、権利の根拠となる商標権が存在すること、その権利者が正当権利者であること、権利侵害の事実があったことなどが必要になります。
白ハト食品工業は、複数のくくる関係の商標権を保有しています。代表例を示すと次の通りです。なお、下記以外にも複数の権利が存在します。
(1) 道頓堀 くくる たこ家
特許庁発行の商標公報データより引用
(2) くくる
特許庁発行の商標公報データより引用
(3) 道頓堀 くくる たこ家
特許庁発行の商標公報データより引用
(4) くくる
(5) KUKURU
上記の通り、白ハト食品工業は複数のくくる関連の商標権を保有しています。
商標権は、同じ読み方の商標を権利範囲に含みます。そのため、「くくる」と読める商標を使っている飲食関連業者の方は権利侵害になる可能性があります。
あえて文字だけの商標権を保有しているのは、警告を受けた側から予想される「うちの看板には道頓堀等のくくる以外の文字や図形が入っていないので権利侵害にはならない」といった反論を、あらかじめ封じるためと考えられます。
2. 白ハト食品工業の警告は正当なものか
商標権の権利は土地の権利と同じように考えるとわかりやすいです。
土地には私有地と共有地(公園など)があります。同様に、商標には自由に使えるものと使えないものがあります。
今回の場合を例えるなら、次のような状況と同じです。
- こちらの私有地に無断で車を停めないでください(差止請求)
- 私有地にこれまで停めていた車の駐車料金を払ってください(損害賠償請求)
白ハト食品は食品関係について「くくる」関連の商標権を持っています。商標権侵害になるような行為は止めてください、というのは、正当な権利行使になります。
たこ焼きと焼き鳥・居酒屋は違うのでは
飲食関連の商標権には、大きく分けて、テイクアウト(商品)の権利と、イートイン(役務、つまりサービス)の権利があります。
商標登録される際に、「飲食物の提供」というイートインの形で権利が取られています。商標権に含まれる「飲食物の提供」は、たこ焼きのイートインだけに限られず、イートインを行う業者全般に適用されます。
商標権者が実際に行っている業務以外に、その業務に類似する業務にも権利が及びます。たこ焼きに関する飲食物の提供業務と、焼き鳥、居酒屋、沖縄料理等の飲食物の提供業務は同一ではありませんが、商標法上は類似する業務として扱われます。
そして、類似する業務にも商標権の効力が及ぶという規定が商標法にあります(商標法第37条第1項第1号)。
大手が、中小企業や個人事業者を訴えられるのか
商標法上は、権利行使の前提として、会社の規模が問われる規定は存在しません。商標権者であれば、商標権を侵害する者に対して裁判を起こせます。
民事裁判以外にも刑事罰の適用を求められます。
商標権の侵害者に対しては、10年以下の拘禁刑、1000万円以下の罰金、法人なら3億円以下の罰金が科される場合があります(商標法第78条等)。
3. 先使用権は認められるのか
くくるの商標を以前から使っているので、先使用権が認められるのでは、と考える方も多いと思います。
先使用権は、形式上は商標権の侵害になる場合であっても、例外的に、先に商標を使用した実績が認められて、これまで使い続けてきた商標を継続して使える権利です。
ただ、先使用権にはいくつかの問題があります。
先使用権を主張するのは権利侵害が前提
先使用権は、専門的には抗弁権と呼ばれます。この抗弁権は、商標権の侵害にあたることを前提とした上で、それでも例外的に使用の継続を認めてもらう主張です。
そもそも商標権の侵害の事実がなければ、先使用権を主張する場面がないからです。つまり、先使用権を持ち出した段階で、商標権の侵害の事実を認めたも同然です。
そのため、先使用権の主張は、最後の切り札に近いものがあります。
先使用権の適用には、相手の出願前に商標を有名にした実績が必要
先使用権の適用には条件があります。それは相手の商標登録出願以前に、その商標を有名にした実績があることです。
誰に聞いても、皆がその店なら知っている。その程度の認知度が条件になります。
過去から使い始めて、今でも使っている、というだけでは先使用権が認められる可能性はほぼありません。
先使用権が認められるかどうかは、実際の裁判の中で決まる
先使用権は、裁判所の商標権侵害裁判で、当事者同士の意見を裁判所が聞いた上で、証拠に基づいて判断されます。
そのため先使用権を主張して回避する、というのは、裁判を受けて立つことが前提になります。
4. 商標権侵害の警告を受けた場合の対抗措置は
商標権侵害の警告を受けた場合の措置は複数あります。これらの中から現実的に納得のいく選択肢を探して判断します。
相手の商標権を買い取る
商標権は他人に対して有償で移転できます。そのため、商標権自体を売買できます。
「ソニー」や「パナソニック」の商標権も、「くくる」の商標権も、特許庁に納める出願や登録の費用は、区分の数が同じなら変わりません。しかし、できあがった商標権を売ってもらうとなると話は別です。
ただ、億単位の金額を提示しても、「ソニー」や「パナソニック」の商標権をこちらに売ってくれないことは容易に想像できます。もし売ってもらえれば、毎年売り上げの数%を、更新を忘れない限り永続的に何もしなくても受け取れます。しかし、これが実現することはまずありません。
くくる関連の商標権を買い取る話になれば、売る側の提示する値段と、買い取る側が考える値段には、おそらく桁が全く異なることになると思います。
争いが生じてから商標権を買い取りに動くことは、現実的ではありません。
権利をライセンスしてもらう
商標権は土地の権利と同じ性質を持っていて、他人に貸してライセンス料を受け取れます。土地の月極賃料と同じように考えられます。
ただし、ライセンス契約を結ぶとなれば、その商標を使い続ける限り、売り上げの数%を、将来にわたって払い続けます。
薄利多売の飲食業界では、売り上げの数%も他人から求められたら、営業そのものが成り立たないところが多いです。
そのため権利をライセンスしてもらうのも、あまり現実的ではないかもしれません。
話し合いで解決する
当事者同士で話し合いをして、解決する方法もあります。
商標権者は、商標権を侵害した者に対して、損害賠償を請求する権利を持っています。損害賠償額の計算では、商品の利益額と販売個数をもとにする方法や、ライセンス料相当額をもとにする方法が定められています(商標法第38条)。また、損害賠償の請求権には時効があるため、実務上は、さかのぼって請求できる範囲は過去3年分がひとつの目安になります。
この損害賠償額は、あくまで過去の行為に対するものです。損害賠償額を満額支払ったとしても、これからの商標の使用を商標権者が認めてくれるかどうかは全て話し合い次第です。
話し合いで解決できたとしても、商標権者にならない限り、手元には何も残りません。これからも商標権者に事業の首元を握られた状態が続きます。
商標を変更して出直す
ここは意見が分かれるところです。
話し合いで解決できないなら裁判もありうる、商標を変更したら負けを認めたことになる、とアドバイスする専門家もいます。
逆に今後の費用負担や裁判費用などを考慮すると、別の商標で出直すことを検討すべき、とアドバイスする専門家もいます。
どの専門家を採用するかは、最終的には、いろいろな意見を聞いた上で、専門家を採用する方が決定します。
私の場合は、全てのクライアントに、「戦って勝つのは下策、戦わずして勝つことこそ上策」とアドバイスしています。
5. まとめ
商標権侵害の問題解決の難しさは、法律論ではなく、感情論にあります。
この商標を大切にして、これまで頑張って営業してきた。その商標を変更せよ、と他人に言われても納得できない。これまで自分を信用して付いてきてくれたお客さまを裏切るような行為はできない。徹底抗戦あるのみ。
その気持ちもよく分かります。私は誰よりも多く、そうした声を聞いてきました。
ただ、あえて言います。こうは考えられないでしょうか。
今までは今着ている服がちょうどよかった。でも体がだんだん成長してきて、今まで着てきた服ではサイズが合わなくなった。新たな成長のために、服を着替える時期にきている。新たな装いで、新たな一歩を踏み出せないか。
そのように考えられないでしょうか。
商標権者は、訴えても利益の出ない相手を訴えることは少ないです。商標権者からの侵害警告がきた、ということは、商標権者の目にとまるレベルまできている、ということです。
侵害警告を受けた本人はそうとは考えないと思いますが、商売のレベルがそこそこのレベルに達してきた、ということでもあるのです。
商標権を侵害している状況では、もがけばもがくほど、深みにはまります。そして出費が膨らみます。
我々はビジネスをしています。どう判断していくかは、あくまで投資に対するリターンの中で判断していきます。感情に流されて争っていては、将来に向かって損が膨らむばかりです。
将来に進むに従って、より有利になる道はどの道なのか。そのことを冷静に考えることから始めるのが大切です。
私のコメントは、2019年10月23日のTBS「グッとラック!」で放送されました。
6. よくある質問
「くくる」と読める店名を使っています。すぐに看板を変えるべきですか?
警告を受けていない段階で慌てて変えることはありません。ただし、自分の業態と相手の権利範囲がどの程度重なっているかは、早めに弁理士に確認しておくと判断材料になります。重なりが大きい場合には、時間に余裕があるうちに切り替えを計画する選択肢も生まれます。
警告書を無視するとどうなりますか?
商標権者が裁判に進めば、差止請求や損害賠償請求を受ける可能性があります。裁判所からの書類まで放置すると、反論の機会を失ったまま判決に至ることもあります。無視は選択肢に入れないでください。
表記を変えれば商標権侵害を避けられますか?
商標は見た目だけでなく、読み方も比較されます。「くくる」と読める表記のままでは、文字の種類を変えただけで安全になるとは限りません。変更案を使い始める前に、商標調査で確認しておくと安心です。
長年使っていれば、先使用権で守られませんか?
単に長く使っていただけでは足りません。相手の出願より前から使っていて、その時点で広く知られていたという実績を、証拠で示せることが条件になります。この条件を満たせるケースは限られています。
警告を受けたら、まず何をすればよいですか?
警告書と、自分の商標の使用状況が分かる資料をそろえて、商標を扱う専門家に相談してください。回答期限が書かれている場合は、期限までに何らかの対応を返すようにしてください。自己判断で回答すると、不利な言質を取られることがあります。
参考:特許庁「商標制度の概要」、特許庁「商標制度に関するよくある質問」
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247
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