索 引
店舗デザインは、空間設計の領域を超える機能が期待されています。いまや、ブランドの顔として機能し、消費者の記憶に刻まれる重要な資産としての活用が図られています。
店舗の外観が他店と似ている点を裁判で争った、2016年のコメダ珈琲事件は、日本の知財業界に影響を与えました。店舗の外観そのものが法的に保護され得るという点が、初めて司法によって示されたからです。
さらに2020年には、特許庁が立体商標の運用を見直し、店舗の外観・内装を権利として押さえやすい環境が整いました。
この変化は「トレードドレス制度」の導入を意味するものではありません。
日本の保護の枠組みとして、商標法・意匠法・不正競争防止法を組み合わせた複層的な保護戦略が、実務の主流になっています。本記事では、コメダ珈琲事件が投げかけた問いと、2020年の制度見直しがもたらした実務への影響、そして2025年の現在における店舗デザイン保護の実践的な設計の方向性を解説します。
1. コメダ珈琲事件が示した「店舗外観」という知的財産
平成28年12月27日付け発表コメダホールディンクス社による「仮処分命令の発令に関するお知らせ」より引用
2016年12月19日、東京地方裁判所は、和歌山市の「マサキ珈琲」に対し、店舗の外観・店内構造・内装の使用を差し止める仮処分を認めました。これは日本で初めて、店舗の外観を不正競争防止法上の「商品等表示」として保護した事例です。
この仮処分の決定主文は、店舗用建物の使用のみならず、店舗外観の写真や画像の使用までを禁止しました。
つまり、物理的な店舗だけでなく、その外観を写した視覚的表現までもが規制の対象となったのです。
一方で、飲食メニューやその容器については、商品等表示性が認められず、差止請求は却下されました。この判断は、店舗という「空間」と、商品という「物」の法的扱いが異なることを明確にしました。
この仮処分は、その後2017年7月5日に和解で終結しました。最終的な司法判断として確定しなかったため、判例としての拘束力は限定的です。しかし、店舗の外観が「出所表示機能」を持ち得るという考え方を、実務に根づかせた点で、その意義は非常に大きいと言えます。
この事件で重要なのは、著作権や意匠権といった「デザインそのものの保護」ではなく、「どこの店か分かる」という出所表示機能に着目して外観を保護した点です。つまり、デザインの美的観点の保護ではなく、ブランドとしての識別力が焦点だったのです。この視点の転換が、その後の制度見直しにもつながっていきます。
2. 2020年4月の特許庁による立体商標制度見直しが変えたもの
2020年4月1日、特許庁は立体商標の審査基準・便覧・施行規則を改訂しました。
この見直しにより、店舗の外観や内装を立体商標として出願する際の実務的なハードルが下がりました。具体的には、次の3つの変更が実務に大きな影響を与えています。
願書に「商標の詳細な説明」を記載できる
これまで、立体商標の出願では図面だけで商標の範囲を特定する必要がありました。しかし、店舗の内装のように複雑な空間構成では、図面だけでは何が商標なのかを明確に伝えることが困難でした。詳細な説明を加えることで、どの立体的形状が商標を構成するのかを言葉で補強できるようになり、審査の予見可能性が高まりました。
図面での実線と破線の描き分けが公式に整理された
保護したい立体部分は実線で、それ以外の参考部分は破線で示す、という図示方法が明確化されたのです。破線の意味が不明確なままでは、審査官も出願人も判断に迷います。この描き分けと詳細な説明を組み合わせることで、商標の範囲を一義的に特定できるようになりました。
店舗内装の図面が端で切れていても許容される
店舗の内装を図面に収めようとすると、どうしても枠内で切れてしまいます。従来は、この「端切れ」が識別性の欠如と判断されるリスクがありました。しかし今回の見直しで、その範囲内で立体商標としての構成・態様が特定でき、やむを得ない状況なら許容される点が整理されました。
これらの変更により、店舗の外観・内装を立体商標として出願する実務的な扱いが明確になりました。ただし、これは新しい権利種別を作ったわけではありません。あくまで既存の立体商標の枠内で、店舗という対象をより適切に扱えるよう、運用を整えたものです。
3. 「店舗等」の範囲は建築物だけではない
2020年の見直しでは、「店舗等」の範囲も拡張的に理解されるようになりました。建築物に限らず、移動販売車、観光車両、旅客機、客船といった動産も「店舗等」に含まれます。
これは、ブランド体験が必ずしも固定された建物で提供されるとは限らない、という現代のビジネス実態を反映しています。
たとえば、特徴的な内装を施したクルーズ船や、独自のデザインを持つ移動販売車も、消費者にとっては「そのブランドの空間」です。空間体験そのものがブランド体験である、という発想が、立体商標の実務に定着しつつあります。
4. これは「トレードドレス制度」の導入ではない
注意点があります。今回の見直しは、アメリカ法にあるような「トレードドレス制度」を日本に導入したものではありません。
特許庁の説明でも、「トレードドレス」という概念自体が国際的に定義が定まっておらず、日本法に直接的に導入する根拠がないことが説明されています。今回の見直しは、あくまで立体商標の運用を整え、店舗の外観・内装を商標として捉えやすくしたものです。
実務上、「トレードドレス的」な対象を、立体商標の枠で保護しにいく、という理解が適切です。制度の名称や法律の構造は異なりますが、結果として店舗デザインを知財として押さえる道筋が整った、と考えると理解しやすいです。
5. 商標の「内装」と意匠の「内装」は何が違うのか
ここでもう一つ、実務上よく混同される論点を整理しておきます。商標法における「内装」と、意匠法における「内装」は、言葉こそ似ていますが、権利の趣旨と要件が異なります。
商標法の立体商標としての「内装」は、出所表示機能が問題の中心です。つまり、その内装を見たときに「どこの店か分かる」という識別力があるかどうかが判断のポイントです。立体的形状が特定され、識別力要件を満たせば、保護対象となります。
一方、意匠法の「内装」(意匠法8条の2)は、複数の物品・建築物・画像で構成された空間が、全体として統一的な美感を起こすことが要件です。配置や組合せも含め、空間の美感を一意匠として守る、というのが意匠法の発想です。
実務では、この二つを使い分ける「二刀流」が基本です。
出所表示機能は立体商標で、空間デザインの美感は意匠で守ります。
2020年施行の改正意匠法により、内装意匠での保護も現実的な選択肢になりました。店舗デザインという一つの対象を、複数の権利で多層的に守る設計が、いまの実務の主流です。
6. コメダ事件が教える「類似」の判断基準
コメダ事件では、外装・店内構造・内装を総合した「店舗外観全体」を比較し、混同のおそれが重視されました。部分的に似ている要素がある、というだけでは足りません。全体として見たときに、「どこの店舗か分かる」レベルの著名・周知性と、混同を引き起こす類似性の双方が求められます。
一方で、飲食物とその容器の組合せについては、商品等表示性が否定され、差止は認められませんでした。この判断は、空間(店舗外観)と商品(メニュー)で、裁判での立証責任の重さが異なることを示しています。
店舗外観は、ブランドの顔として機能しやすく、消費者の記憶に残りやすい要素です。その分、出所表示機能を立証しやすい側面があります。
一方、飲食メニューや容器は、業界内で共通性が高く、それ単体では識別力が弱いとされる傾向があります。この違いを理解しておくことが、権利化戦略を立てる上で重要です。
7. 2025年の実務アドバイス
それでは、実際に店舗デザインを保護したい場合、どのような戦略を取るべきでしょうか。攻めと守りの両面から、実務上のアドバイスを整理します。
ブランド側が取るべき攻めの設計
まず、ブランド側が自社の店舗デザインを保護したい場合、統一的な外観・内装の規範をデザインガイドとして整備し、識別力のコアを定義して記録化することが第一歩です。どの要素がブランドの識別力を担っているのかを、社内で明確にしておく必要があります。
立体商標の出願では、実線と破線を明確に描き分け、「商標の詳細な説明」で特定性を補強します。端が切れている場合でも、どこまでが商標かを文章で特定することで、審査をスムーズに進めることができます。
並行して、内装意匠の出願も検討してください。配置や組合せも含めた全体の美感を主張できる意匠権は、立体商標とは異なる角度から店舗デザインを守ります。関連意匠の制度を活用すれば、バリエーションも押さえることができます。
新規参入側が注意すべき守りの視点
一方、新規に店舗をオープンする側は、先行チェーンの空間表現を総合的に避ける必要があります。外装の色やボリューム感、什器の配置、導線、デザイン計画など、一つ一つの要素だけでなく、全体として混同を招かないかを検討してください。
商標クリアランスに加えて、内装意匠の簡易調査もルーティン化することをお勧めします。移動販売車や車両内装まで含めてチェックするのが、2025年現在の標準的な実務です。
8. よくある誤解を解く
実務でよく聞かれる疑問に、簡潔に答えておきます。
「これは日本版トレードドレス制度なのか?」という質問には、「違います」と答えるのが、より正確です。立体商標の運用整備です。ただし、トレードドレス的な対象を商標の枠で拾える間口が広がった、という理解で問題ありません。
「店舗の一部だけ、たとえば外壁だけでも取れるのか?」という質問には、「可能性はあります」と答えます。実線と破線の描き分けと詳細説明で特定でき、かつ識別力があれば、部分的な保護も視野に入ります。
「飛行機や客船の内装も対象になるのか?」という質問には、「はい」と答えます。店舗等には、旅客機・客船・観光車両・移動販売車も含まれます。
9. 空間のブランド化に投資する意味
2016年のコメダ事件は、店舗外観が出所表示として機能し得るという考え方をもたらしました。2020年の見直しで、立体商標による外観・内装の保護設計が現実味を帯び、意匠法の整備とあいまって、空間デザインを複層的に守る時代に入りました。
ブランドの顔は、ロゴやパッケージだけではありません。体験としての空間こそが、消費者の記憶に深く刻まれます。その空間をどう設計し、どう権利化し、どう運用するか。ここに、2020年代の競争優位のカギがあります。
店舗デザインは、もはや単なるデザイン資産ではなく、知財ポートフォリオの一角を担う戦略的資産です。商標・意匠・不競法の三本柱で空間を守る発想を持つことが、これからのブランド戦略には欠かせません。
コメダ珈琲事件についての私の解説は、テレビ朝日の羽鳥キャスターの「モニーングショー」の生出演でオンエアされました(2016年12月29日放送)。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247
参考にした記事
- 特許庁「立体商標の見直し(店舗等の外観・内装の保護を含む)に関するQ&A」:制度趣旨・定義・店舗等の範囲
- 商標審査便覧 49.01(立体商標の願書記載・実線/破線・端切れの扱い)/49.03(店舗外観・内装の立体商標の判断)
- 商標審査基準 改訂第15版(2020年改訂の要点)
- 意匠審査基準「内装の意匠」(意匠法8条の2):空間全体の美感の要件
- コメダHD「仮処分命令の発令に関するお知らせ」(2016/12/27)
- IP Force(東京地裁 平成27(ヨ)22042 主文・申立て趣旨)
- 知財ぷりずむ(2017年8月号) 本件は2017年7月5日和解により終結と記載