1.商標としての使用(商標的使用)
商標権者は、特定の商品やサービスに対して登録商標を独占的に使用する権利を持っています。そのため、他人が許可なく同じ、または似た商標を指定された商品やサービスに使用した場合、原則として商標権侵害が成立します。
しかし、商標は単にマークを付けるだけではなく、「商品やサービスの出所を示す役割」を果たして初めて商標として機能します。
仮にマークが付いていたとしても、それが出所を示す役割を果たしていない場合は「商標的使用」に該当しないため、商標権侵害にはなりません。
商標法26条1項6号による例外規定
平成26年の商標法改正で、商標的使用に当たらない場合には商標権侵害とならないことが、次のように明確に規定されました。
商標法26条1項6号
商標権の効力は、次に該当する商標には及びません。
- 需要者(消費者)が、特定の業者の商品やサービスであると認識できるような形で使用されていない商標
この条文によって、消費者が「どこが提供したものか」を認識できない場合には、商標権の効力が及ばないことがはっきりと示されています。
商標権侵害訴訟における主張のポイント
商標権侵害の訴訟では、「商標的使用」に該当するかどうかが争点となることがあります。この場合、被告側は「商標的使用に当たらない」と主張し、逆に原告側は「商標的使用に当たる」と主張する必要があります。それぞれの主張によって、裁判所が商標権侵害の有無を判断することになります。
ここがポイント
商標の侵害に該当するかどうかを判断する際、「商標的使用であるか」が極めて重要なポイントになります。
そのため、商標を使用する際には、単なるデザインや装飾目的ではなく、消費者が「商品やサービスの出所を示すもの」として認識するかどうかを意識する必要があります。
2.具体例
(1)商標的使用態様に該当するかどうか
文章を書くときに、特定の商品やサービスに言及し、その名称や商標を文中に記載することはごく一般的な行為です。このような場合、通常は「商標的使用」に該当せず、商標権侵害にはなりません。
実際に商標的使用の有無が争点となった裁判例はいくつも存在します。ここでは、比較的新しい裁判例をいくつか紹介します。
(2)商品内容を表す使用の場合
事案の概要
原告が保有する登録商標は「ドーナツ」という言葉から成り、権利範囲には「クッション」も含まれています。一方、被告が販売していたクッションには「ドーナツクッション」と記載されていました。このクッションは中央に穴が空いた輪の形をしており、その形状がパッケージの説明文や図で示されていました。
裁判所の判断
裁判所は、一般消費者が被告の商品を見たとき、「ドーナツクッション」という言葉は商品の形状を説明するために使われたと認識し、商品がどこのものであるかを示す商標とは認識しないと判断しました。
(知財高判平成23年3月28日判時2120号103頁)
ここがポイント
「ドーナツクッション」は「ドーナツ」と「クッション」を組み合わせた言葉ですが、裁判所はこれを形状説明にすぎないと判断し、商標的使用に当たらないと結論づけました。
(3)装飾や意匠としての使用の場合
事案の概要
原告は「ピースマーク」の登録商標を持ち、その権利範囲に「被服」が含まれていました。
一方、被告の商品にはキャラクターが描かれており、その背景の一部としてピースマークが模様的に用いられていました。
消費者層である若者にはこのキャラクターが広く知られており、ピースマークは「平和」を象徴するものとして周知されていました。
裁判所の判断
裁判所は、「消費者はピースマークを装飾的・意匠的な要素として認識し、商品がどこのものかを示すものとは認識しない」と判断しました。
(東京地判平成22年9月30日判時2109号129頁)
ここがポイント
装飾的・意匠的な使用でも、商品の出所を示す機能が認められれば商標的使用に該当します。
ただし、この場合は装飾としてしか認識されなかったため、商標権侵害は成立しませんでした。
(4)キャッチフレーズや宣伝文句としての使用の場合
事案の概要
原告は「塾なのに家庭教師」というロゴの登録商標を保有し、その権利範囲に「学習塾での指導」が含まれています。
一方、被告のチラシやウェブサイトにも「塾なのに家庭教師」という言葉が使用されており、集団塾と家庭教師のメリット・デメリットを対比する内容が記載されていました。
裁判所の判断
裁判所は、「消費者は『塾なのに家庭教師』という言葉を宣伝文句として認識し、学習塾の出所を示すものとは認識しない」と判断しました。
(東京地判平成22年11月25日判時2111号122頁)
ここがポイント
特許庁は、キャッチフレーズに対し、以前は原則として識別力を認めない傾向がありましたが、平成28年の審査基準改定により、現在では個別に判断されています。
この裁判例では、キャッチフレーズが識別力を持つ登録商標として認められていたものの、被告の使用態様においては出所表示機能がないと判断され、商標的使用には該当しませんでした。
これらの事例から分かるように、商標権侵害が成立するかどうかは「商標的使用に当たるか」が重要な判断基準となります。単なる装飾や説明文句、キャッチフレーズであっても、消費者がそれを「出所を示すもの」と認識する場合には商標的使用となります。一方、出所を示す機能がないと判断されれば、商標権侵害には該当しません。
3.おわりに
第三者が無断で自社の登録商標を使用しているのを見つけた場合、商標権者としては「商標権の侵害だ」と主張したくなるものです。しかし、実際には相手方の具体的な使用態様をしっかり確認する必要があります。
なぜなら、相手方の使用が「商標的使用」に該当しないケースも少なくないからです。過去の裁判例でも、商標的使用の有無が争点となり、侵害が認められなかった事例が数多く見受けられます。そのため、交渉段階から相手方の使用態様を慎重に検討し、「商標的使用に該当するかどうか」を見極めることが不可欠です。
商標権者は冷静かつ的確な判断を行い、権利の適切な行使を目指すことが重要です。
ファーイースト国際特許事務所弁護士・弁理士 都築 健太郎
03-6667-0247