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「ZOOM」ロゴ商標訴訟をどう読むか


1. 似ているロゴなのに、なぜ途中から差止めが認められなかったのか

オンライン会議サービス「Zoom」のロゴをめぐり、日本の音響機器メーカーであるズーム株式会社が、米Zoom側に対して商標権侵害を主張した訴訟で、東京地裁は米Zoom側に約1億6600万円、日本の販売代理店に約1600万円の支払いを命じたと報じられています。他方で、ロゴの使用差止めは認められませんでした。FNNは、東京地裁が「オンライン会議システムが急拡大する2020年6月までは利用者が誤って混同するおそれがあった」と指摘し、米国の運営会社に約1億6600万円、日本の販売代理店に約1600万円の支払いを命じたと報じています。

この判決が分かりにくいのは、「商標権侵害を認めたのに、なぜ今後のロゴ使用は止められないのか」という点です。結論からいうと、商標権の登録範囲そのものが途中で消えたわけではありません。変わったのは、同じロゴを見た需要者・利用者が「どこの商品・サービスか」を誤認するおそれがあるか、という取引実情の評価です。

2. そもそも商標とは何か

商標とは、商品やサービスを他社のものと区別するための「目印」です。特許庁も、商標を「事業者が、自己の商品・サービスを他人のものと区別するために使用するマーク」と説明しています。つまり、商標法が守っているのは、単なる文字や図形そのものではなく、そのマークに蓄積された信用やブランドイメージです。

商標権は、「マーク」だけで決まる権利ではありません。特許庁は、商標権は「マークと、そのマークを使用する商品・サービスの組合せ」で一つの権利になると説明しています。たとえば、同じ「ABC」という名前でも、文房具、飲食店、ソフトウェア、医療機器では、商標権の射程が異なります。

この「商品・サービス」のことを、商標法では「指定商品」「指定役務」と呼びます。指定商品・指定役務によって権利範囲が決まるため、商標登録は「名前を丸ごと独占する制度」ではなく、「特定の商品・サービスとの関係でブランドの目印を守る制度」と理解すると分かりやすいです。

3. 商標権侵害の基本構造

商標権侵害の典型例は、次のような場合です。

判断要素内容
商標が似ているか見た目、読み方、意味合いなどが近いか
商品・役務が似ているか同じ業者の商品・サービスだと誤解されやすい関係にあるか
商標として使われているか商品・サービスの出所を示す目印として使われているか

特許庁は、商標登録の効果として、権利者は指定商品・指定役務について登録商標を独占的に使用でき、第三者が同一・類似の商品役務について同一・類似の商標を使うことを排除できると説明しています。また、侵害者に対しては差止めや損害賠償を請求できるとされています。

ここで重要なのは、「似ているか」は機械的に決まるものではないという点です。商標の類否判断では、外観、称呼、観念、つまり見た目、呼び方、意味合いを総合して判断します。特許庁も、他人の商標と紛らわしいかどうかは、商標同士の類否と商品・役務同士の類否の両方を見て判断し、商標の類否は外観・称呼・観念を総合的に判断すると説明しています。

そのうえで、最高裁判例に基づく整理では、商標の類否は「商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれ」があるかどうかによって判断され、外観・観念・称呼が取引者に与える印象、記憶、連想などを総合し、取引の実情も考慮するとされています。

4. 今回の事件では何が問題になったか

今回の事件では、日本のズーム株式会社が、2006年にアルファベット4文字の「ZOOM」ロゴを国内で商標登録していたと報じられています。一方、米Zoom側は、オンライン会議サービスに「Zoom」のロゴを使用していました。TBSは、裁判でこのロゴ同士が誤認するほど酷似しているかが争われ、東京地裁が「外観、呼称や観念を全体的に考察すれば、一応類似するということができる」と判断したと報じています。

商標の見た目や読み方だけを見ると、どちらも「ZOOM/Zoom」であり、日本語では「ズーム」と読まれます。したがって、ロゴの細部に違いがあっても、需要者が受ける全体的な印象としては近いと評価されやすい場面です。

また、音響機器メーカーのズームはマイク、録音機器、音楽用電子機器などを扱い、米Zoom側はオンライン会議システムを提供しています。一見すると「音響機器」と「オンライン会議サービス」は別分野に見えます。しかし、オンライン会議にはマイク、スピーカー、ヘッドセット、録音・配信環境などが関わります。つまり、需要者から見れば、「同じグループの製品・サービスなのではないか」と誤解する余地がある関係です。

商品・役務の類似も、商品そのものが同じかどうかだけでは決まりません。最高裁判例を整理した特許庁資料では、商品自体が互いに誤認混同されるかではなく、それらに同一または類似の商標を使うと同一営業主の商品だと誤認されるおそれがある関係かどうかが問題になるとされています。

5. 「侵害だったのに、後から範囲外になる」の正体

ここが一番重要です。

商標権の登録範囲、つまり「どのマークが、どの商品・役務について登録されているか」は、登録原簿上は基本的に固定されています。ところが、実際の侵害判断では、「その時点の取引実情のもとで、需要者が出所を混同するおそれがあるか」が問題になります。

今回の判決報道によると、東京地裁は、2020年6月までは混同のおそれがあったと認める一方で、新型コロナウイルス感染拡大などによってZoomの利用が大幅に伸び、遅くとも2020年7月以降には、米Zoom側の表示が著名な表示として認識されるようになり、誤認のおそれを認められないと判断したとされています。

これは、「商標権が途中でなくなった」という意味ではありません。より正確には、次のような構造です。

時期裁判所の見方
2020年6月まで両者のロゴが似ており、利用者が出所を誤認・混同するおそれがあった
2020年7月以降米Zoom側のサービスが急速に著名になり、利用者は「オンライン会議のZoom」として識別できるようになったため、混同のおそれがなくなった
結果過去分の損害賠償は認めるが、将来のロゴ使用差止めは認めない

つまり、「後日、商標権の範囲外になった」というより、「同じ表示でも、その時点の社会的認識・取引実情に照らすと、混同のおそれがなくなった」と理解するのが適切です。

6. なぜ「有名になりすぎる」と混同しなくなるのか

直感的には、「侵害していた側が有名になったら逃げ切れるのか」と感じる人もいるでしょう。この違和感は自然です。

ただ、商標法の中心にあるのは、単に先に登録した人を守ることだけではなく、需要者が「誰の商品・サービスなのか」を誤認しないようにすることです。ある表示が一般に広く知られると、需要者はその表示を見たときに、特定の事業者のものとしてはっきり認識するようになります。

今回でいえば、コロナ禍以降、ユーザーは「Zoom」と聞けばオンライン会議サービスを思い浮かべるようになりました。そうなると、少なくともオンライン会議サービスの場面では、利用者が「これは日本の音響機器メーカーのサービスだ」と誤認する可能性は低くなる、という考え方です。

ここで大事なのは、これは「米Zoom側の使用が最初から適法だった」という話ではないことです。東京地裁は、2020年6月までの混同のおそれを認め、その期間について損害賠償を命じたと報じられています。つまり、過去の侵害は金銭賠償の対象になるが、現在・将来については混同のおそれがないため差止めまでは認めない、という切り分けです。

7. 差止めと損害賠償は、見ている時点が違う

この事件を理解するには、「差止め」と「損害賠償」の違いも重要です。

損害賠償は、過去に違法な使用があり、それによって損害が発生したかを問題にします。今回の判決では、少なくとも2020年6月までの期間について混同のおそれがあったとされ、その期間の損害が評価されたと理解できます。

一方、差止めは、現在または将来の使用を止める制度です。したがって、判決時点で、または将来にわたって混同のおそれがあるかが重要になります。東京地裁が「2020年7月以降は著名な表示として認識され、誤認のおそれを認められない」と判断したのであれば、将来のロゴ使用を止める必要性はない、という結論になります。

このため、同じ事件の中で「損害賠償は認めるが、差止めは認めない」という結論が出ても、論理的には矛盾しません。過去と将来で、混同のおそれの有無が違うからです。

8. この判決のポイントを一言でいうと

この事件のポイントは、商標権を「名前を絶対的に支配する権利」と見るか、「需要者の混同を防ぐための権利」と見るかで理解が変わる点にあります。

商標法の世界では、「似ている」は入口にすぎません。本丸は、「その表示を見た人が、どこの商品・サービスかを誤解するか」です。

したがって、次のように整理できます。

誤解しやすい理解より正確な理解
登録商標と似ていれば、常に侵害になる似ているかは、混同のおそれを中心に総合判断される
商標権の範囲が途中で消えた登録範囲は消えていないが、混同のおそれの評価が時期によって変わった
有名になれば侵害が帳消しになる過去の侵害は賠償対象になり得るが、現在混同がなければ差止めは認められにくい
差止めが棄却されたなら侵害ではなかった過去には侵害、将来は非侵害という時期別判断があり得る

9. 実務上の教訓

この判決から得られる教訓は、商標権者側と、ブランドを使う企業側の双方にあります。

商標権者にとっては、混同が発生し始めた段階で早めに対応するかどうかが、将来の差止めの成否を左右します。相手のサービスが社会的に圧倒的な知名度を獲得してしまうと、将来の差止めが難しくなる可能性があります。

一方、海外企業やスタートアップ、販売代理店にとっては、日本でサービスを展開する前に商標調査を行う重要性が改めて示されました。今回、販売代理店にも約1600万円の支払いが命じられたと報じられている点は、単なる販売窓口であっても、日本国内でロゴを使って広告・販売する場合には商標リスクを負い得ることを示しています。

また、企業が商標出願をする際には、現在の主力商品だけでなく、将来進出し得る隣接分野まで含めて指定商品・指定役務を設計しておくと、後の防御が効きやすくなります。特許庁も、商標権はマークと商品・役務の組合せで構成され、指定商品・指定役務が権利範囲を定めるものだと説明しています。

10. まとめ

今回の「ZOOM」ロゴ訴訟は、商標権の基本を学ぶうえで象徴的である一方、直感に反する部分もある事件です。

商標権侵害は、単に「ロゴが似ているか」だけで決まるものではありません。似ているロゴが、似ている商品・サービスの範囲で使われ、需要者が出所を誤認するおそれがあるかが問題になります。

そして、その「混同のおそれ」は、社会の認識や取引実情によって変わり得ます。今回の事件では、コロナ禍によるオンライン会議サービスの急拡大により、米Zoom側の表示が広く知られるようになったため、2020年7月以降は混同のおそれがないと評価されたと報じられています。その結果、過去分の損害賠償は認められたが、将来のロゴ使用差止めは認められなかった、という整理になります。

つまり、この判決を一言でいうなら、「商標権はブランドの独占権であると同時に、需要者の混同を防ぐための権利であり、その判断は市場の現実から切り離せない」ということです。

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ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247

11. 参考資料

本記事の事実関係は、以下の報道・公的資料に基づいています。

報道・メディア記事

  • FNN プライムオンライン:ズーム株式会社(日本の音響機器メーカー)が米Zoomを商標権侵害で訴えた件の東京地裁判決。米Zoom側に約1億6600万円、日本の販売代理店に約1600万円の支払いを命令。「オンライン会議システムが急拡大する2020年6月までは利用者が誤って混同するおそれがあった」と指摘し、ロゴ使用の差止めは認めなかったとの報道
  • TBS NEWS DIG:本件訴訟で争点となった「ロゴ同士の類似性」について、東京地裁が「外観、呼称や観念を全体的に考察すれば、一応類似するということができる」と判断したとの報道

公的機関・解説資料

  • 特許庁:「商標制度の概要」(商標は事業者が自己の商品・サービスを他人のものと区別するために使用するマーク、商標権は「マークと指定商品・指定役務の組合せ」で構成される旨の説明)
  • 特許庁:「商標登録の効果」(権利者は登録商標を独占的に使用でき、第三者が同一・類似の商品役務について同一・類似の商標を使うことを排除でき、侵害者に対し差止め・損害賠償を請求できる旨の説明)
  • 特許庁:商標の類否判断資料(外観・称呼・観念を総合し、商品・役務の類否とあわせて判断する旨)
  • 最高裁判例(特許庁資料による整理):商標の類否は「商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれ」があるかにより判断され、外観・観念・称呼が取引者に与える印象、記憶、連想等を総合し、取引の実情も考慮するとの判断枠組

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