(1)商標権譲渡の方法
(1-1) 商標権譲渡の条件
商標権は一種の財産の権利ですから譲渡することができます。譲渡は有償でも無償でも問題ありません。
商標権を有料で譲渡できますので、有償譲渡の形で商標権を売却することができます。
なお、商標権を手物に置いておいて、他人に登録商標を使わせる場合には商標権の譲渡ではなく使用許諾、いわゆるライセンスを選択します。
有償譲渡でいくか使用許諾でいくか
有償譲渡にするか使用許諾するかの線引きは次のように考えます。
- 商標権の譲渡:資産の売却と同様、権利そのものを渡してしまうケースと考えて選択します
- 商標権の使用許諾:月極賃貸と同様、権利本体は渡さず、料金をもらって使ってもらうケースと考えて選択します
当事者同士の譲渡契約だけでは無効
財産の譲渡は通常当事者の合意内容を契約書にまとめて実施します。
しかし商標権の場合は、当事者同士の合意以外に、特許庁へ権利を移転する登録申請を要します。権利移転の効力は特許庁に保管される商標原簿に登録されて有効です。
指定商品・役務
商標権の譲渡は、指定商品・指定役務に分けて実施可能です。もちろん、元の商標権に複数の指定商品・指定役務があり分けられるケースの話です(商標法第24条の2)。
例えば、商標権の指定商品として”被服”と”靴”が含まれている場合には、”被服”の指定商品の商標権を手元に残して、他人に”靴”の部分の商標権を譲渡できます。
譲渡者の類似商標
商標権が譲渡された結果、複数の商標権者が互いに抵触する商標権を持つ状態が生じます。このケースでは、元の商標権者は、商標権を譲り受けた側へ、混同を防止する表示をするように請求できます(商標法第24条の4)。
(1-2) 商標権譲渡の方法
商標権の譲渡は商標権の全部を譲渡しても、商標権の全部を譲渡しても問題ありません。
全部譲渡
譲渡者に類似商標がない場合
譲渡者が保有する関連商標権が一つだけのケースでは、一つの商標権を移転申請により譲渡可能です。
類似商標の商標権の分離譲渡
譲渡者が持っている関連商標権が二以上の場合、それらの一部の商標権を移転申請して譲渡可能です。
例えば、ひらがなで表した文字商標の商標権と、アルファベットで表した文字商標の商標権が二つあったとします。このケースでは、ひらがなによる文字商標の商標権を手元に残し、アルファベットによる文字商標の商標権を分けて他人に移転可能です。
本来なら互いに抵触する内容の商標権は、同じ商標権者のみが保有できます。他人の商標権に抵触する商標登録出願をしても審査に合格できないから、そもそも互いに抵触する内容の商標権は、同じ商標権者に属します。
しかし商標権の分離移転手続により、互いに抵触する内容の商標権が異なる商標権者の手に渡る場合があります。
商標権の一部譲渡
非類似指定標品の分割譲渡
一つの商標権の中に複数の指定商品・指定役務が存在する場合、互いに非類似の指定商品・指定役務に分けて商標権を移転可能です。
例えば、一つの商標権の中に、指定商品の”医薬品”と、指定役務の”医業”が含まれる場合、指定役務の”医業”に類似しない指定商品の”医薬品”を第三者に分離して移転可能です。
類似指定商品における分割譲渡
相互に似ている指定商品・指定役務が存在するケースでも商標権の移転が可能です。
例えば、一つの商標権の中に、指定商品の”運動具”がある場合、運動具に含まれるゴルフ用品のみを他人に分離して移転できます。
(1-3) 契約書の作成
譲渡者と契約書を交わす
商標権の移転を行うには譲渡証が求められます。一般の譲渡契約証のケースとは違って特許庁で商標権の移転が認証される内容の譲渡証を作成します。
商標権の移転に求められる譲渡契約書は下記の内容を書きます。
商標権の表示
商標登録番号
商標登録番号がないと商標権の譲渡ができません。
商標権は商標登録番号により分かります。商標登録番号が書かれていないとか、書いた内容が違っているケースでは商標権移転申請が却下されます。
商品の区分
一つの商標権の中の一部の指定商品・指定役務を分けて移転するケースでは商品役務の区分を書きます。分割移転ではないケースでは書かなくて問題ありません。
指定商品
一つの商標権の中の一部の指定商品・指定役務を分割して移転するケースでは、分割移転する指定商品・指定役務を書きます。区分の場合と同じく分割移転しなければ書かなくて問題ありません。
対価・支払方法
特許庁への申請書に商標権の譲渡による対価や支払手段の記入は要りません。ただし当事者同士の契約として対価や支払方法は契約書にまとめることが必要です。
権利移転の手続きと費用分担
特許庁に提出する申請書に商標権の譲渡の権利譲渡申請は誰がするとか費用分担の記入は不要です。ただし当事者同士の契約として権利移転の手続きを誰がするのかとか費用分担は契約書にまとめておきます。
上記の内容を契約書に記載しないと、後でトラブルが生じるのを防ぐためです。
(1-4) 登録申請
商標権移転登録申請書
商標権の移転では特許庁に商標権移転登録申請書を出します。商標権の移転では一区分当たり収入印紙¥30,000-を要します。
図1 商標権移転登録申請書の見本
商標法から
譲渡証書
商標権の移転申請では、図1の商標権移転登録申請書に図2の譲渡商標を合わせて出します。
図2 譲渡証書の見本
商標法から
記載が違うと移転申請が却下になり商標権移転が止まります。特許庁への申請前に再度見直しましょう。
(2)商標権譲渡の価格、相場
(2-1) 商標の価格、相場の傾向はない
商標権の譲渡のケースでは法律や規定によりこの値段で売買しなければならない、という決まりは一切ありません。美術品でも引き取ってもらうのに費用が発生するものから、何億、何十億を超えるものがあります。
商標権もこれと同様です。
マーケットの需要により商標権の価格、相場はそれぞれの商標権ごとに変動します。
(2-2) 企業の必要性による
商標権の価格は、企業の必要性に応じて変動します。基本的にはオークションと同じ原理が働き、どうしても欲しいという人が多いと相場は上がり、逆に欲しい人がいないと相場は下がります。
(2-3) 買取査定
買取査定は、商標権の需要と供給を考慮して行われます。実際の取引例を最近のニュースから紹介します。
住友ゴム、英社から「ダンロップ」の商標権など取得=買収額161億円
2016年10月30日の日本経済新聞のニュースから
味の素、「Blendy」商標権取得 259億円で
2016年12月27日の時事通信ニュースから
上記の様に、商標権は有名になれば高額取引が可能です。上記の例のように100億円超えによる売買は無理でも、本業のビジネスを有名にすることにより、上記額の100分の1、1000分の1レベルによる売買を狙うことは不可能ではありません。
(3)まとめ
商標権の本当の力は、実は商標権自体が売買のシーンで発揮されます。
商標権が売れることなど最初は想像できないです。けれども年間10万件以上の商標登録出願が日本でされているのは、実は資産としての商標権の性質に着目している人が多いことに他なりません。
ビジネスを有名にすることにより商標権の価値を高めた後に、他人にライセンスしてライセンス収入をあげるのもよし。
またビジネスを有名にした後に商標権を売却して、その売却額を元に別の事業に乗り出すのもよし。
私のクライアントの中には、実際に商標権のライセンス収入だけで生活をしている人がいます。
要は、商標権は使い方次第、ということです。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247