1. 防護標章とは何か
著名な登録商標は、権利を取得した商品・役務とは離れた分野でも、同じ表示を見た人に「同じ会社の新事業だろう」と受け取られることがあります。防護標章は、そのような出所の混同を防ぐための制度です。
商標法64条は、需要者の間に広く認識されている登録商標について、非類似の商品・役務で他人が同じ標章を使うと混同が生じるおそれがある場合に、防護標章登録を認めています。申請できるのは、元になる登録商標の商標権者です。
たとえば、電気製品で広く知られた表示を無関係な飲食サービスに付けても、需要者が系列店や提携事業だと誤解する場面があります。通常の商標権だけでは商品・役務の類似範囲から外れるとしても、混同が想定される商品・役務を防護標章の指定範囲に含めれば、同一標章の使用を止める根拠になります。
ただし、「有名な商標なら、あらゆる業種を自動的に押さえられる」という制度ではありません。登録商標の周知度、相手の商品・役務との関係、混同のおそれを示し、守りたい商品・役務を願書で指定して審査を受けます。
2. 通常の商標権との違い
類似商標まで広げる制度ではない
通常の商標権では、指定商品・指定役務と、その類似範囲について登録商標と同一または類似の商標が問題になります。一方、防護標章が対象とするのは、登録防護標章と同一の標章です。似た名称や似たロゴまで一括して非類似分野へ権利が広がるわけではありません。
自社が進出する予定のない分野も対象になり得る
通常の商標登録は、自社が使っているか、使用する意思のある商品・役務を指定するのが原則です。防護標章は、自社がその分野へ進出するためではなく、他人の使用による混同を防ぐために取得します。そのため、防護対象の商品・役務を自社で使う計画がなくても、制度の趣旨と矛盾しません。
不使用取消審判との関係
通常の登録商標は、日本国内で継続して3年以上使われていない指定商品・役務があれば、不使用取消審判を請求される場合があります。防護標章は、指定範囲で自ら使うための権利ではないため、この点も通常の登録商標とは性格が異なります。
防護標章だけで完結しない
防護標章登録に基づく権利は、元の商標権に付随します。元の商標権が消滅すれば、防護標章の権利も同時に消滅します。元の登録商標の更新、名義、使用資料を含めて一体で管理してください。
3. 登録の要件と立証資料
元になる登録商標が広く認識されていること
単に商標登録済みというだけでは足りません。元の登録商標が、指定商品・役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていることを示します。審査では、使用開始時期、使用期間、使用地域、販売規模、市場占有率、広告の量と地域、報道、受賞歴などが判断材料になります。
売上額や広告費は数字だけを提出するのではなく、その商品分野でどの程度の位置を占めるのかが分かる資料と組み合わせます。ウェブ広告なら掲載期間や閲覧範囲、店舗なら所在地や店舗数も記録しておくと、認知の広がりを説明しやすくなります。
同一の標章であること
防護標章として登録を求める標章は、元の登録商標と同一でなければなりません。文字の追加、ロゴの変更、色の違いがある場合に「実質的には同じ」と扱われるとは限りません。実際に使ってきた表示と原登録の商標が一致しているかも、証拠を集める前に確認します。
指定した商品・役務で混同のおそれがあること
知名度が高いことに加えて、指定した商品・役務に同一標章を使われると、元の商標権者の事業、系列会社、ライセンス商品などだと誤解されるおそれも審査の対象です。事業分野の近さ、需要者、販売場所、広告方法、ブランド展開の実情を商品・役務ごとに検討します。
防護範囲を広く書けば有利になるとは限りません。混同のおそれを説明しにくい商品・役務まで並べると、審査対応の負担が増えます。守る理由を説明できる範囲から指定案を作るのが実務的です。
周知資料は日頃から残しておく
防護標章の検討を始めてから、何年分もの販売資料や広告資料を集め直すのは容易ではありません。商品カタログ、価格表、出荷記録、店舗一覧、広告の掲載紙と掲載日、ウェブ広告の配信地域、展示会資料などを年度ごとに保存しておきます。
資料には、商標が実際にどのように表示されていたかが分かる状態が望まれます。売上表だけでは表示との結び付きが分からず、パッケージ写真だけでは販売規模が分かりません。表示、商品、時期、地域、数量を相互にたどれるようにすると、周知度の説明に使いやすくなります。
グループ会社や販売代理店が商標を使っている場合は、使用許諾の関係も確認します。誰の業務上の信用として認識されてきたのかを資料から説明できなければ、知名度の数字があっても立証が不安定になります。
原登録の例を確認する
次のカードは、旧本文で紹介していた原登録商標の例です。防護標章の登録範囲や現在の権利状態は、このカードだけでは分かりません。調査日を決め、J-PlatPatで原登録と防護標章登録をそれぞれ確認してください。
4. 出願手続と費用
願書と指定商品・役務
出願では「防護標章登録願」を特許庁へ提出します。願書には、防護標章登録を受けようとする標章、商品・役務と区分、元になる商標登録番号、出願人などを記載します。電子出願と書面手続では記載や納付方法が異なるため、提出時点の様式を確認してください。
商品・役務は、区分番号だけでなく具体的な表示を検討します。同じ区分の中にも性質の異なる商品・役務が含まれるため、「第○類を全部守る」という発想だけでは、混同のおそれとの対応が見えません。元の商標が知られている分野から、需要者や流通経路がどのようにつながるかを書き出します。
出願前には、元の商標権の権利者、存続期間、指定商品・役務、登録商標の表示を登録原簿や公報で照合します。会社名の変更や権利移転が未登録なら、出願人の表示と原登録の名義が食い違わないよう、必要な手続の順番も決めます。

画像は旧様式の記載例です。現在の様式をそのまま示すものではありません。特許庁の出願ソフトの案内や最新の様式を参照し、古い押印方法や納付方法を転記しないよう注意します。
拒絶理由通知への対応
審査官が登録要件を満たさないと判断すると、拒絶理由通知が届きます。意見書では周知度や混同のおそれを資料に沿って説明し、手続補正書では認められる範囲で指定商品・役務などを補正します。標章そのものを別の表示へ差し替える対応はできません。
特許庁へ納める費用
2026年8月に特許庁の料金一覧で確認した金額は、次のとおりです。代理人費用、電子化手数料、証拠収集費などは含みません。料金は改定されることがあるため、納付直前にも特許庁の一覧で確かめてください。
- 防護標章登録出願:6,800円+区分数×17,200円
- 防護標章登録料:区分数×32,900円
- 防護標章更新登録料:区分数×37,500円
5. 登録後の更新と権利管理
存続期間は設定登録から10年
防護標章登録に基づく権利の存続期間は、設定登録の日から10年です。期間満了前6か月から満了日までに更新登録出願を行うのが原則で、通常の商標権の更新とは別の手続になります。

更新も無審査ではありません。元の登録商標が引き続き広く認識されているか、指定した商品・役務で混同のおそれが残っているかが審査されます。初回出願時の広告や売上資料だけに頼らず、登録後の資料も継続して保存します。
登録範囲と市場を定期的に見直す
登録後に新しい業態や販売経路が生まれると、当初指定した商品・役務だけでは足りなくなることがあります。新たな混同のおそれが見つかっても、既存の防護標章へ後から商品・役務を追加することはできません。別の出願が要るかを検討します。
他方、使われなくなったブランドや、事業との関連を説明できなくなった指定範囲を機械的に更新するのも得策ではありません。更新時には、周知度を支える資料、現に起きている模倣、ライセンス事業、今後のブランド方針を見直し、維持する範囲を決めます。
期限を過ぎた場合
期間を過ぎた場合の救済には期限と要件があります。単に更新料を追加して終わるとは限りません。遅れに気付いた時点で、満了日、遅れた理由、その理由がなくなった日を確認し、利用できる救済手続を判断します。

画像は旧本文に掲載されていた回復理由書の例です。実際に救済を求めるときは、現行法と最新様式に基づいて作成してください。
6. 侵害を見つけたときの考え方
登録内容と相手の使用を先に比べる
防護標章を登録したからといって、似た表示を使う相手へ直ちに警告できるとは限りません。登録防護標章と相手の標章が同一か、相手の商品・役務が防護標章の指定範囲に入るか、実際に商標として使われているかを確認します。
ウェブページならURL、画面、確認日時、販売者名、商品名を保存します。実店舗なら看板、包装、レシートなど、誰がどの商品・役務について表示を使ったか分かる資料を集めます。証拠を残す前に相手へ連絡すると、表示が消えて確認しにくくなる場合があります。
差止めと損害賠償は要件が違う
商標法67条は、指定商品・役務について登録防護標章を使う行為などを侵害とみなしています。差止めでは侵害または侵害のおそれがあるか、損害賠償では損害、因果関係、故意・過失などが争点になります。警告書を送る前に、請求の根拠と求める対応を分けて検討してください。
ほかの法的手段との使い分け
相手の表示が同一ではなく類似にとどまる場合や、防護標章の指定範囲から外れる場合でも、元の商標権、不正競争防止法などが問題になる余地はあります。ただし、保護の範囲と立証事項は制度ごとに違います。防護標章の登録だけを根拠に結論を出さず、相手の使用態様に合う手段を選びます。
商標権侵害の基本的な確認事項は、商標権侵害の基準とはもご参照ください。
7. よくある質問
Q1.商標登録があれば防護標章も登録できますか?
商標登録だけでは足りません。元の登録商標が需要者の間に広く認識され、指定する非類似の商品・役務で同一標章を他人が使うと混同が生じるおそれまで示します。
Q2.すべての商品・役務を指定した方が安全ですか?
一律にはいえません。防護標章は、指定した商品・役務ごとに混同のおそれを審査します。事業の関連性やブランド展開から、守る理由を説明できる範囲を選びます。
Q3.似たロゴにも防護標章の効力は及びますか?
防護標章が直接対象とするのは同一の標章です。類似するロゴについては、元の商標権の範囲や不正競争防止法など、別の根拠を検討します。
Q4.防護標章を指定商品で使わないと取り消されますか?
防護標章は、その商品・役務で自ら使うためではなく、他人の使用による混同を防ぐ制度です。ただし、元の商標権の維持と、防護標章の更新審査に備えた周知資料の保存は欠かせません。
Q5.更新料を払えば自動的に延長されますか?
自動更新ではありません。更新登録出願を行い、権利者が正しいか、防護標章の登録要件を引き続き満たすかについて審査を受けます。
まとめ
防護標章は、著名な登録商標を非類似分野の混同から守る手段です。対象は同一標章であり、指定した商品・役務について審査を受けます。原登録の管理、周知性の証拠、更新期限を一つの案件として追跡すると、権利の空白を防げます。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247
参考資料
- e-Gov法令検索「商標法」 https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000127
- 特許庁「商標審査基準」 https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/trademark/kijun/
- 特許庁「産業財産権関係料金一覧」 https://www.jpo.go.jp/system/process/tesuryo/hyou.html
- 特許情報プラットフォーム(J-PlatPat) https://www.j-platpat.inpit.go.jp/
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ファーイースト国際特許事務所|弁理士 平野泰弘
