索 引
1. 文字もマークも一切ない容器が商標に!キリン「氷結」が成し遂げた快挙
コンビニやスーパーの酒類売り場で、誰もが一度は目にしたことがあるであろう「氷結」。そのダイヤ模様が特徴的な缶が、実は文字もロゴマークも一切表示されていない状態で商標登録されたことをご存知でしょうか。
2019年3月、キリン株式会社が成し遂げたこの快挙は、日本の商標制度における一つの歴史的な出来事として、関係者に衝撃を与えました。
商標登録第6127292号として登録されたこの立体商標は、2015年1月15日に出願され、実に4年以上の歳月をかけて登録に至りました。
指定商品は第33類の「缶入り酎ハイ」。一見すると何の変哲もない登録のように思えますが、実はこれがいかに画期的なことなのか、詳しく見ていきましょう。
2. なぜ「文字なし・マークなし」の商標登録が奇跡的なのか
商標の本質は「商いの目印」です。
数多くの競合商品がひしめく店頭において、消費者が瞬時に「これは○○社の商品だ」と認識できるための標識、それが商標の役割です。
通常、この認識を可能にするのは、商品名やブランドロゴ、特徴的なマークといった視覚的に明確な要素です。
ところが、今回登録された氷結の立体商標には、そうした文字情報やマークが一切含まれていません。
純粋に容器の形状のみで商標登録を勝ち取ったのです。
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特許庁の商標公報より引用
これは、消費者が「この独特なダイヤカット形状の缶を見れば、それは氷結だ」と認識するレベルにまで、この容器デザインが浸透していることを特許庁が認めたことを意味します。
実際、この登録は一筋縄ではいきませんでした。通常の審査では登録が認められず、拒絶査定不服審判という、いわば「東京地裁における裁判」のような準司法手続きを経て、ようやく登録にこぎつけたのです。
これは、文字やマークを含まない立体形状のみでの商標登録がいかに困難であるかを物語っています。
3. 2001年から続く「ダイヤカット缶」への揺るぎないこだわり
氷結が初めて市場に登場したのは2001年7月のこと。以来20年以上にわたって、このダイヤカット缶は氷結のアイデンティティとして消費者に愛され続けてきました。
この長年の一貫性が、今回の立体商標登録を可能にした最大の要因といえるでしょう。
この缶には「ダイヤカット缶」という正式名称があり、「ダイヤカット」という言葉自体も商標登録第5623785号として2013年に登録されています。
こちらは文字商標として、酎ハイをはじめとする各種アルコール飲料を指定商品として権利化されています。
つまり、キリンは形状と名称の両面から、この独自性の高い容器を知的財産として守っているのです。
4. 東大発の折り紙技術「ミウラ折り」が生んだ機能美
ここで注目すべきは、このダイヤカット缶が単なるデザインではなく、高度な技術に裏打ちされた機能的な形状だということです。
缶を開けると表面がわずかに膨らむあの独特な凹凸模様には、東京大学名誉教授の三浦公亮先生が考案した「ミウラ折り」という折りの技術が応用されています。
ミウラ折りは、もともと宇宙開発の分野で太陽電池パネルの展開機構として開発された技術です。
この折り方を採用することで、缶の強度を飛躍的に向上させながら、見た目の爽やかさも演出することに成功しました。
開栓時の「プシュッ」という音とともに缶が膨らむあの瞬間は、まさに機能美の極致といえるでしょう。
5. 商標戦略から見える知的財産の重層的な保護
「ミウラ折り」自体も商標登録されており、株式会社miura-ori labが権利を保有しています(商標登録第5412399号)。
この商標は、金属製品から太陽電池パネル、照明器具、タイヤ、包装容器に至るまで、実に幅広い分野での使用が想定されています。
氷結のダイヤカット缶は、キリンの立体商標と、ミウラ折りの技術商標という、複数の知的財産権が重なり合って保護されている、一つの戦略的な商品といえるのです。
このような重層的な知的財産戦略は、単に他社の模倣を防ぐだけでなく、ブランド価値を高め、消費者の信頼を獲得する上でも重要な役割を果たしています。
氷結を手に取る消費者は、意識するしないにかかわらず、この高度な技術とデザインの融合を体感しているのです。
6. なぜこの登録が「画期的」なのか—商標制度の新たな地平
氷結の立体商標登録が画期的である理由は、大きく3つあります。
形状のみの立体商標の登録は困難
第一に、文字やマークを一切含まない純粋な形状のみでの登録は、日本の商標制度において極めて稀な事例であること。更新により、ほぼ永久に商標権を保持できることから、特許庁は簡単には権利を認めません。今回の登録は形状そのものが強力な識別力を持つまでに成長したブランドでなければ不可能な快挙です。
一貫したブランディング
第二に、20年以上にわたる一貫したブランディングが、法的保護という形で結実したこと。これは、長期的な視点でブランドを育てることの重要性を示す好例といえます。
機能性とデザイン性の高度な融合
第三に、機能性とデザイン性を高度に融合させた容器が、商標として認められたこと。これは、今後の商品開発において、機能美を追求することがブランド価値の向上につながることを示唆しています。
7. 私たちが学ぶべきブランディングの教訓
氷結の立体商標登録から、私たちは何を学ぶべきでしょうか。それは、真のブランド価値は一朝一夕には生まれないということです。
2001年から変わらぬ姿で店頭に並び続けたダイヤカット缶。その一貫性と、機能性を追求した結果生まれた独自性が、最終的に法的保護という形で認められました。
また、知的財産戦略の重要性も見逃せません。「氷結」という商品名、「ダイヤカット」という技術名称、そして容器の立体形状。これらを複合的に権利化することで、模倣困難な強固なブランドを構築しています。
8. まとめ—次にコンビニで氷結を見かけたら
今度、コンビニやスーパーで氷結を見かけたら、ぜひそのダイヤカット缶をじっくりと観察してみてください。
開栓時に膨らむ缶の動き、手に馴染む独特の感触、そして何より、文字がなくても「これは氷結だ」と認識できるその存在感。
これらすべてが、20年以上の歳月をかけて築き上げられたブランド資産であり、日本の商標制度が認めた知的財産なのです。
なお、「氷結」という商品名自体も当然ながら登録商標です。
この記事を通じて、私たちの身近にある商品に込められた知的財産の奥深さを感じていただければ幸いです。
商標は単なる法的保護の手段ではなく、企業の想いと技術、そして消費者との信頼関係が結晶化したものなのですから。
ファーイースト国際特許事務所所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247