(1)欧州のアディダスの三本ライン商標とは何か?
三本の平行な等しい幅で同じ長さのストライプ商標
今回問題となったのは、2013年12月18日に欧州連合知的財産庁に登録申請されたアディダスの三本ライン商標です。この商標は一度2014年5月21日に登録されました。しかしこの登録に不服を申し立てたライバル企業の主張が認められ、欧州裁判所でアディダスの三本ライン商標登録を認めない判断がなされました。
アディダスの三本ライン商標の権利内容
図1 アディダスの三本ライン商標
欧州裁判所のプレスリリースより引用
https://curia.europa.eu/jcms/upload/docs/application/pdf/2019-06/cp190076en.pdf
アディダスの三本ライン商標は、等間隔の三本の平行なストライブで構成されています。また三本のストライプの方向に限定はありません。図1ではアディダスの三本ライン商標は縦方向に示されていますが、この商標の向きは縦方向に限定されるものではなく、横方向でも斜め方向でも権利範囲に含まれることになっています。
またこの三本ライン商標について指定された商品は、「服、履物、ヘッドギア」です。
ここで指定商品とは、商標登録の際に指定しなければならない権利範囲に含まれる商品のことです。権利範囲を指定しないと商標権が得られないのは世界各国の共通ルールです。指定する商品が服なら服についての商標権が発生し、指定する商品がテレビゲームならテレビゲームについての商標権が発生します。
商標は国ごと、領域ごとに複数登録できる
今回、欧州裁判所で登録を認めない判断がなされたとしても、それは欧州連合知的財産庁に登録された一つの案件についての判断です。
商標は国ごとに複数の登録が認められています。またEUのような経済領域の集合体についても権利の登録が認められています。それぞれの国についての商標権は独立ですので、EUで商標権が無効になったから、独国や仏国などで個別登録された商標権まで消えてなくなるわけではありません。
また今回は欧州裁判所の判断ですので、その判断は日本の商標登録の法律的な状況に全く影響を与えません。
日本の法律が有効な範囲は日本の領域内限りですが、これと同様にEUの法律は、別途条約で合意した場合を除き、EUの領域内限りです。
また同じ商標権者であれば、似た商標を複数登録することもできます。アディダス側は今回無効と判断された商標以外にも商標権を各国に多数保有しています。このため今回、アディダスの三本ライン商標についての登録が無効になったとしても、ただちに誰もがアディダスの三本ライン商標を自由に使えるというわけではないです。
(2)登録が認められる商標と認められない商標の判断の線引きは?
商標には誰でも使える商標と使えない商標がある
商標権と聞くと複雑で分かりにくい権利であると感じるかも知れませんが、ここでは商標権は土地の権利と同じ性質を持つ、とざっくり理解してください。
土地にも公園のように、誰もが自由に使える公有地と、個人住宅の宅地のように勝手に入ると法律違反になる私有地があります。
同様に商標にも、誰もが自由に使える公園のような商標と、逆に個人や企業に帰属して、他の人が自由には使えない商標があります。
誰もが自由に使える商標の具体例
- 数字の1,2,3…等
- アルファベットのA,B,C…等
- ありふれた記号である$,¥,@…等
- 東京、大阪、名古屋、Paris、London等の単なる地名等
世界各国でニュアンスの違いもありますが、登録の際に指定する商品や役務との関係でありふれているような数字一文字、アルファベット一文字、単純な記号などは登録されません。誰もが自由に使える表記であるため、一個人や一企業が独占するにはふさわしくありません。
また、商標はそもそも同種類の中から、自社が供給する商品であることを示す、いわば名前としての働きを持つことが求められます。
この名前として働く機能のことを「識別力」といいます。識別力というと専門過ぎて分かりにくいかも知れません。ここでは「(他とは違うことを示す)独自性」とざっくり理解しましょう。
つまり商標の中でもありふれた一般的な商標は、法律上の商標に該当するけれども、一個人や一企業が独占するのにはふさわしくないので商標登録が認められません。また一応法律上は商標と言えるけれども、実際には独自性がなく(識別力がなく)、権利を与えるほどでもないので商標登録が認められません。
誰もが無断では使えない商標の具体例
逆にいえば、ありふれていなければ登録の対象になる、ということです。
- ナイキの「レ」点マーク
- ベンツのスリーポインテッドスターマーク(いわゆるベンツマーク)
- コンピュータのapple
- Amazon,Google,Facebook等の企業名
先に説明したアルファベット一文字が登録できない、というのは、特段デザインを施されることなく通常使われる形のアルファベットのことをいいます。
このため、アルファベット一文字だけで構成される商標であっても、何らかのデザインが加えられると商標登録できることになります。どの程度のデザインが加わると登録が認められるかどうかは、指定する商品役務やデザイン化による抽象化の程度により各国ごとに個別具体的に検討されるべきであり、一律にこうだといえる明確なラインが存在するわけではありません。
ナイキの「レ」点マークはありふれた記号に見えるかも知れませんね。けれどもこれはこれでデザインが施されていて、一般的な表記とはいえないでしょう。また仮に一般的な表記であったとしても非常に有名になった商標はそれだけで財産的な価値が生じます。
非常に有名になった商標、例えばナイキのマークを見れば、誰もがナイキだと認識できる程度に至っている商標については法律上保護すべき対象に成長したと考えることもできます。このためありふれた商標であったとしても、審査の段階で有名であると判断されたものは、日本でも欧州でも例外的に登録が認められることもあります。
(3)なぜアディダスの三本ライン商標が無効になるのか?
権利が認められると平行線三本を表示するだけで商標権侵害
アディダスの商標については三本ライン商標に関連する商標も登録されていますが、今回は、「平行で等間隔で同じ長さの三本ライン」というのが商標の内容です。
靴に表示されている長さの違う三本ライン商標は既にアディダスの商標として登録されています。けれども、靴に表示されている長さの違う三本ラインとは異なる、「線が三本表示されていればよい」との内容が、今回無効と判断されたアディダスの三本ライン商標です。
単に線を三本平行に引いたものはありふれた表記であり、そもそも誰もが自由に使える一般的な表記である、ということができます。
このようなありふれた表記を一企業に独占されたら他のみんなが困ることになります。特に商標権は権利の更新が可能ですから、一度登録を認めると、永遠に権利が残ってしまうことになり、いつまでたってもみんなが困る状況が続くことになります。
またアディダスの三本ライン商標がアディダスのものと認識できるのは、あくまで靴とか服とかに関連して使用されてきた、特定の形の三本ラインです。線が三本あればアディダスだ、と認識できる程度にまで単なる平行等間隔三本ラインが欧州の国民に浸透しているか、といえば、そうともいえないのではないか、というのが今回の欧州裁判所の判断です。
欧州の裁判所では、アディダス側の提出した証拠も検討していますが、アディダス側が提出した証拠は靴やユニフォーム等と関連付けられて使用された三本ラインであり、単なる平行等間隔三本ラインについては、有名であることを裏付ける証拠が提出されていないと判断されています。
アディダスはなぜ平行等間隔三本ラインの商標権を狙ったのか
靴に関連した長さの異なる斜めの三本ライン商標についての商標権だけでは足りず、「線が三本平行に表示されるだけで権利侵害」と主張できる商標権が欲しかった、ということです。
ありふれた商標に権利が主張できれば、これは抑止力が強力になります。
一方、欧州連合知的財産庁や欧州裁判所からみれば、ありふれた商標に権利を認めると、他のみんなが困るのでこれはみとめられない、ということになります。
(4)まとめ
今回の欧州裁判の対象にならなかった、世界中、広く認知されている、スポーツシューズに使われる形のアディダスの三本線についての他の登録案件については維持されたままです。
この一方、ただ、等間隔に平行な三本線であれば全て権利範囲に入るとの申請については、他の人の使用とのバランスもあり、商標としての基本的機能である識別力がないとして登録が認められない形の判決結果となりました。
アディダス側はこの欧州裁判所の判決に対して不服申立をすることも可能です。
私の解説は、2019年6月22日のフジテレビ「めざましどようび」で放送されました。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
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