索 引
1. 出願した事実は完全な秘密ではない
商標登録出願をしたあと、その事実を取引先や競合他社へ知らせるべきか。答えは、出願の目的、相手の使用状況、権利化の見通しによって変わります。
前提として、日本の商標登録出願は秘密のまま審査されるわけではありません。商標法12条の2により、特許庁は出願があったときに出願公開を行い、出願人、出願番号、出願日、商標、指定商品・指定役務などを公開商標公報へ掲載します。
したがって、自社が積極的に発表しなくても、第三者は公報やJ-PlatPatから出願を確認できます。ただし、自社サイトやプレスリリースで発表すれば、競合や顧客の目に触れる可能性は公報掲載より高くなります。法定の出願公開と、事業上の告知は別の判断です。
2. 登録前の警告と金銭的請求
商標法13条の2の要件
出願しただけでは商標権は発生しないため、登録前に商標権侵害を理由とする差止請求はできません。一方、商標法13条の2には、設定登録前の金銭的請求権が定められています。
出願人が、出願内容を記載した書面を示して警告したあと、相手が指定商品・指定役務について出願商標を使用した場合、その使用によって生じた業務上の損失に相当する金銭を請求できることがあります。
請求できるのは設定登録後
この金銭的請求権は、商標権の設定登録後でなければ行使できません。出願が放棄・取下げ・却下となった場合や、拒絶が確定した場合などは、原則として請求権は初めから生じなかったものと扱われます。
また、条文が対象とするのは「当該出願に係る商標」の使用です。登録後の商標権にある類似範囲の禁止効と同じ広さで、登録前から金銭を請求できる制度ではありません。警告書を送れば当然に支払いを受けられるわけでもなく、対象となる使用と業務上の損失を具体的に検討します。
3. 他社へ知らせるかを決める材料
早く伝える意味がある場面
- 相手の使用が続き、損失が広がっている
- 商品の発売、展示会、広告開始が迫っている
- 名称変更や在庫処分について早期の協議を始めたい
- 13条の2を見据えて、書面による警告時点を明確にしたい
このような場合は、登録を待つことで損害や混乱が大きくなる可能性があります。警告と同時に、相手の使用態様、開始時期、販売地域、広告、売上などの証拠を保全します。
先に確認したいリスク
警告を受けた相手は、出願の拒絶理由となり得る資料を特許庁へ情報提供できます。また、自らの先使用、先行権利、商標の非類似、商品・役務の非類似などを主張することもあります。
これは「相手を刺激するから知らせない方がよい」という一律の結論にはつながりません。情報提供で問題となる資料が実際にあるなら、登録後の異議申立てや無効審判でも争点になり得ます。警告前に、自社出願の弱点と相手側の権利を調べることが先です。
特許庁へ提出した指定商品・指定役務と、実際に相手が行っている事業が対応しているかも確認します。必要な調査は商標の事前調査に関する解説もご参照ください。
4. 情報提供・異議申立て・無効審判の違い
出願中の情報提供
商標登録出願が登録要件を満たさないことを示す刊行物などを、審査官へ提出する制度です。特許庁は匿名での情報提供も受け付けています。情報提供者が審査の当事者になる制度ではなく、提出資料を採用するかどうかは審査官が判断します。
登録後2か月の異議申立て
商標掲載公報の発行日から2か月以内は、誰でも登録異議を申し立てられます。特許庁が登録処分の適否を見直す手続で、取消決定が確定すると商標権は初めから存在しなかったものとみなされます。
異議期間後の無効審判
異議申立期間が終わったあとも、商標法46条所定の無効理由があれば、利害関係人は無効審判を請求できます。異議申立てを経ずに無効審判を請求する場合もあります。
無効審判で登録が維持されたとしても、商標権の範囲が自動的に広がったり、侵害訴訟での勝訴が保証されたりするわけではありません。登録の有効性と、相手の行為が侵害に当たるかは別の論点です。
5. 警告する時期は一律に決められない
設定登録が済めば商標権は発生します。登録異議の申立期間中だからという理由だけで、権利行使が一律に禁止される規定はありません。緊急性が高ければ、異議期間の経過を待たずに連絡や警告を検討する場面もあります。
反対に、登録の有効性に不安がある、相手の使用が商標的使用か判然としない、交渉準備が整っていないといった事情があれば、調査を先行させる判断もあります。
警告前の確認表
- 自社の出願・登録の内容と現在の手続状況
- 相手の表示と、自社商標の同一・類似
- 双方の商品・役務の同一・類似
- 相手の使用開始時期、先使用権その他の抗弁
- 求める対応が使用中止、名称変更、ライセンス交渉のどれか
- 警告による取引・広報・訴訟上の影響
警告書は相手方との交渉や後の訴訟で証拠になります。断定的な侵害主張を先に発信するのではなく、事実と法的根拠を確認し、目的に合った内容に整えます。
6. よくある質問
Q1.出願番号を自社サイトへ掲載してもよいですか?
掲載自体はできます。ただし、「出願中」と「登録済み」を区別し、出願しただけで独占権を取得したような表示は避けてください。
Q2.出願したことを公表しなければ競合に知られませんか?
いいえ。出願内容は公開商標公報に掲載され、J-PlatPatでも確認され得ます。自社発表を控えることと、出願情報を秘密にすることは同じではありません。
Q3.登録前でも相手の使用を止められますか?
出願だけを根拠に商標権侵害の差止めは請求できません。交渉や他の法的根拠を検討する余地はありますが、商標法13条の2は一定条件で登録前の使用に対する金銭請求を認める制度で、行使は設定登録後です。
Q4.異議申立期間が終われば登録は絶対に無効になりませんか?
いいえ。異議申立期間後も、利害関係人による無効審判などがあり得ます。2か月の経過は、登録の有効性を争う手段がすべてなくなる期限ではありません。
Q5.警告前に最低限そろえるものは何ですか?
出願・登録情報、相手の使用を示す日付付き証拠、双方の商品・役務の資料、自社の使用と損失に関する資料です。警告の目的と求める回答期限も決めます。
7. まとめ
商標登録出願は公報で公開されるため、出願の存在を完全な秘密にはできません。一方、自社から相手へ知らせるか、いつ警告するかは、出願公開とは別の事業判断です。
登録前の金銭的請求、出願中の情報提供、登録後の異議申立てと無効審判は、それぞれ要件と効果が異なります。「登録まで黙って待つ」「異議期間が終わるまで警告しない」と決め打ちせず、権利化の見通し、相手の使用、損失と緊急性を照らして方針を決めてください。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247
参考資料
- e-Gov法令検索「商標法」 https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000127
- 特許庁「出願番号通知・受領書(はがき)について」 https://www.jpo.go.jp/system/process/shutugan/paper/notification.html
- 特許庁「商標登録出願に関する情報提供について」 https://www.jpo.go.jp/system/trademark/shinsa/johotekyo/touroku_jouhou.html
- 特許庁「商標登録出願に関する情報提供についてのQ&A」 https://www.jpo.go.jp/system/trademark/shinsa/johotekyo/touroku_jouhou_faq.html
- 特許庁「商標登録異議申立書の書き方のガイドライン」 https://www.jpo.go.jp/system/trial_appeal/shubetu-shohyo-igi/att00003.html
- 特許情報プラットフォーム(J-PlatPat) https://www.j-platpat.inpit.go.jp/
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