索 引
東京2020エンブレム騒動から10年。日本で発表したロゴが、海外から「似ている」と指摘される事態はなぜ起きたのか。当時の事件を現役の弁理士の視点で振り返り、いま”ロゴ炎上”を避けるためのポイントを整理します。
1. 「ベルギー」と「スペイン」が突きつけたもの
日本で作った商標ロゴが、海外から訴えられる。そんな事件から10年以上が経ちました。当時発表されたばかりの東京オリンピック(当時は「東京2020」)のエンブレムについて、「ベルギーの劇場ロゴに似ている」という指摘が商標・著作権の観点から問題になりました。
加えて「スペインのデザイン事務所が制作した日本の震災復興関連マーク(Rebuild Japan)と、配色や構成が似ている」という問題が持ち上がりました。
この件について、2015年7月31日(金)の朝8時15分ごろ、私はテレビ朝日「モーニングバード」に生出演し、この事件の内容を生放送で解説しました。当時の私は、法的には「権利があるのか」「立証できるのか」という点から議論する必要があると説明しました。
あれから10年がたった後に最終的にどうなったかを振り返ると、ロゴ問題は”法廷で白黒がつく前に”、世論と国際関係で決着してしまうという現実が見えてきます。
2. 2015年夏、なぜ一気に燃え広がったのか
結論から言うと、当時の炎上は「デザインが似ている/似ていない」という解釈論で止まりませんでした。なぜなら、争点の中心に”外国の当事者”がいたからです。
ベルギーからは、リエージュの劇場「Théâtre de Liège(リエージュ劇場)」のロゴとの類似指摘がありました。加えてスペインからは、Hey Studio(ヘイ・スタジオ)の「Rebuild Japan」との類似指摘がありました。
この2件が並んだことで、国内のデザイン論争が一段階上がり、「国際的に恥をかくのか」「相手国と揉めるのか」という感情スイッチが入りました。SNS時代の”拡散の燃料”が揃ってしまったわけです。
時期も悪かったという事情もあります。2015年7月は、新国立競技場計画の見直し(白紙撤回・ゼロベース見直し)が大きな注目を浴び、「説明責任」「透明性」への不信が高まっていた局面でした。
因果関係を断定はできませんが、延焼しやすい環境があった背景があります。
ベルギー編:「劇場ロゴに似ている」。商標権で止められるのか、著作権で止められるのか
東京2020のエンブレムに対して、ベルギーのリエージュ劇場のロゴに似ているという指摘が上がりました。ここで問題になったのが、商標権と著作権のそれぞれで”使用差止め”ができるのかという論点です。
商標権で”使用差止め”はできるのか
2015年当時の私の説明はシンプルです。商標権で差止めをするには、原則として”その国で”商標権を持っていなければなりません。
「国際商標登録」という言葉が独り歩きしがちですが、実際は国際商標登録制度は手続を束ねただけであって、全世界に一撃で効力が及ぶ万能な商標権が突然生まれるわけではありません。
実務では、狙う市場(日本・EU・米国など)ごとに、権利の射程を設計します。
ベルギー側(デザイナー側)が「オリンピック関連の分野を含む範囲で、どの国にどの商標権を持っていたか」を裏づける情報は当時確認できない、という流れです。
当時私が番組で述べた「権利の有無が先」という観点から商標権の問題は論じるべきです。権利がなければ、どうこうできないからです。
著作権で止められるのか
次に著作権について考えます。ここは当時も、そして今も注意が払われるポイントです。
著作権侵害が認められる典型は、大きくは2つの要件を越えなければなりません。1つ目は、相手作品に「アクセス(接触)」できたこと。2つ目は、創作的表現が「実質的に同一(または類似)」であることです。
ところが、1つ目の”アクセス”は、ネット時代で「見た可能性がある」と言いやすくなった一方、裁判で勝つには「見た」ことを推認させる具体性が求められる部分です。ここが難所です。「盗用/著作権侵害が司法判断で確定した」ことを示す一次資料(判決や和解条項など)は見つかりませんでした。ここは専門家として、断定を避けるべき線です。
ベルギー側は”何をした”のか
当時の通信社報道として、ベルギー側が類似を主張し、提訴した旨の報道があります。ただし、終局的な司法判断(判決・和解条項など)を一次資料で確認できない状態です。
ネット上は「盗用確定」「負けた」と結論を急ぎますが、法的な確定と、社会的な決着は別物です。
スペイン編:「Rebuild Japanに似ている」。”当事者が怒っていない”のに炎上する怖さ
スペイン側として話題に上がったのは、Hey Studioの「Rebuild Japan」です。この件のポイントは、当事者の姿勢は攻撃的でなかったことです。
Hey Studioは公式発信で、類似指摘に対し「偶然の一致」という趣旨を述べています。
スペイン側が「盗用だ」「法的措置だ」と対立姿勢を取った、とは言い切れません。それでもこの話題で当時は燃えました。
理由は、もはや当事者が怒っているかどうかから離れて、”第三者が拡散したくなる絵面”かどうかが勝敗を決めるからです。
配色や幾何学要素は、並べた比較画像が作りやすく、SNSでは最強に拡散します。
商標・著作権の正誤以前に「似ている画像」がタイムラインに流れてきた時点で、勝負は始まってしまいます。この構造が、スペイン案件で私たちがみた当時の現実です。
3. 「決着」はどうついたのか
当時私は「特許庁の審査や制度をきちんと踏めば、当事者同士の不毛な争いを避けられる」とこのブログでも説明しました。実務としては正論です。現実は、もっと速く、もっと政治的でした。
東京都の資料では、2015年9月1日のエンブレム使用中止(撤回)について、理由が次の趣旨で発表されています。
専門的説明は理解できるが、国民の理解を得るのは困難だったこと。継続使用により、大会そのものへの支援低下が懸念されたこと。そして制作者側から取り下げ提案があったこと。
当時のエンブレム撤回は「盗用が法的に確定したから」ではなく、「疑念が残った状態で続けることの損失が大きすぎる」というレピュテーション判断だった、という流れです。
撤回は”言葉”だけでは終わりません。都資料には、ポスター撤去やサイン撤去、業者への作業中止連絡など、具体的な実務影響も列挙されています。
ロゴ問題は「炎上」ではなく、現場のコストと時間を直撃する経営問題だということが、資料の行間から伝わってきます。
4. その後。2016年4月25日、新エンブレムへ
撤回で終わらなかったのが、この騒動のもう一つの側面です。2016年4月25日、新しいエンブレムが発表されました(いわゆる市松模様モチーフ)。応募総数や意見募集の扱いなど、一連の騒動を経て手続面でも注意が払われました。
デザインそのものだけが議論の対象になるのではありません。「どう選んだか」「どう説明したか」「透明性をどう担保したか」が問われます。プロセス自体の信用設計です。
ロゴは、紙の上の図形ではなく、公共の信頼で運用される”社会装置”です。炎上後に求められたのは「創作性の説明」だけでなく、納得できる選定プロセスでした。ここまで含めて初めて、2015年夏の混乱は”決着”に向かったのだと思います。
5. 2015年の当時から今のあなたへ伝える国際ロゴ問題で本当に怖い「3つの落とし穴」
ここで、当時の私の記事の結論を、2026年の実務感覚で言い換えます。拡散されるのは”法律論”ではなく、”納得感”です。危ない落とし穴が3つあります。
権利クリアランスを「国内」だけで済ませてよいか
発信は一瞬で世界に届きます。市場が国内でも、炎上は国外から来ます。商標は属地主義でも、SNSは属地主義ではありません。
「似ている」指摘への初動を、法的勝敗だけで組み立てよいか
法的に勝てる可能性があっても、「疑念が残る状態で使い続ける損失」が上回る局面は現実に起きます。東京2020の撤回理由は、まさにこの教科書でした。
証拠の残し方が問われる時代になった
万一のときに効くのは、「私は盗用していない」という宣言ではなく、制作過程の記録、参照資料、制作の独立性を示すログです。これがあるかないかで、説明の説得力が別物になります。
もしあなたが、企業ロゴ・商品ロゴ・自治体ロゴ・イベントロゴに関わる立場なら、今日からできることがあります。ロゴを作る前に、そして発表する前に、「権利」と「世論」と「国際関係」の3点セットで点検してください。
炎上は、才能の問題ではなく、設計の問題です。
ロゴの海外展開や商標の権利設計でお悩みの方は、実務経験10年以上のベテラン弁理士が直接お話をうかがいます。国内外の商標出願、権利範囲の設計、類似リスクの事前チェックまで、費用対効果を見据えたアドバイスを行います。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
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