索 引
1. ラグビーワールドカップと商標
ラグビーワールドカップについて
ラグビーはイングランドで生まれたスポーツで、選手の人数やルールが異なる複数のバリエーションが存在します。15人制はラグビーの中心的な競技形態であり、世界一のチームを決定するワールドカップが男女ともに開催されています。
2019年に日本で開催されたラグビーワールドカップは、アジア初の開催として歴史に刻まれました。この大会は総額約6,464億円の経済効果を生み出し、24万2,000人の海外観光客が訪日しました。全国のファンゾーンには延べ113万人が来場し、大会後にはラグビーファン人口が138%増加しました。さらに、熱心なファンの数は2018年比で4倍に増加するという結果を残しました。
このような大規模なスポーツイベントでは、商標権の管理と活用がブランド価値の保護と商業的成功において重要な役割を果たします。公式ブランドの適切な保護により、スポンサーの権利が守られ、大会の価値が維持されるのです。
商標登録されているラグビーワールドカップ
ラグビーワールドカップに関連する商標は、大会の公式性を担保し、無断使用による混乱を防ぐために複数登録されています。
商標登録第4223611号
第5361239号
第5404761号
第5475091号
これらの商標登録により、大会名称やロゴマークなどが法的に保護されています。
商標権の確立は、公式スポンサーの権利を守り、アンブッシュマーケティングを防止する効果があります。2019年大会では、この商標権管理によってスポンサーシップやライセンシング事業が成功を収め、大会運営の財政基盤を支えました。
日本代表チーム(15人制)について
15人制ラグビーの日本代表チームには、日本ラグビーフットボール協会によって商標登録された愛称があります。男子代表「ブレイブブロッサムズ」は、2019年ワールドカップで史上初のベスト8進出を達成し、チームブランドの価値を大きく高めました。
女子代表チームは「さくらフィフティーン」(商標登録第5624486号)および「桜 SAKURA FIFTEEN」(商標登録第5629425号)として商標登録されています。
第5624486号
第5629425号
特許庁の商標公報・商標公開公報より引用
これらの愛称は日本の象徴である桜をモチーフにしており、国際舞台での日本のアイデンティティを表現しています。商標登録により愛称の無断使用を防ぎ、チームのブランドイメージを保護することで、スポンサー獲得やマーチャンダイジング事業の展開が可能となっています。
2019年大会後、国内プロリーグ「ジャパンラグビー リーグワン」が2022年に発足しました。2023-24シーズンには総入場者数が114万人を超える成功を収めています。
各チームは「東芝ブレイブルーパス東京」のようにホストエリアを名称に掲げ、地域密着を図っています。これらのチーム名も商標として保護され、地域コミュニティとの一体感を醸成する資産となっています。
2. 気軽にできる「ストリートラグビー」
ストリートラグビーとは?
ストリートラグビーは、日本のラグビー界が直面する課題への解決策として開発されました。全国高等学校体育連盟のデータによると、高校のラグビー部員数は2003年度の30,419人から直近では17,037人へと、この20年間で約半分に減少しています。
この新しいスポーツは基本的に3対3で行われ、約7m×12mの狭いコートでプレーします。攻撃側は守備側に3回タッチされる前にインゴールエリアにボールを運べばトライとなります。タックルやスクラムはなく、相手を止めるためにタッチをするだけなので、女性や子どもでも安全に楽しめます。
ストリートラグビーの哲学は「握手で始まり、握手で終わる」「頑張りすぎない」「トライを楽しむ」という三つの基本原則に集約されています。これらの原則は、競技の包括性と楽しさを優先し、身体的危険性への恐怖やルールの複雑さといった新規参入への障壁を取り除いています。
ストリートラグビーの商標とは?
ストリートラグビーに関する登録商標「STREETRUGBY」(商標登録第5830065号/第5830066号)は、2015年8月4日に出願され、2016年2月26日に登録されました。これらはストリートラグビーアライアンスの関係者によって出願・登録され、公式ロゴとして活用されています。
第5830065号
第5830066号
特許庁の商標公報・商標公開公報より引用
商標権の確立により、ストリートラグビーアライアンスは監修する練習会やイベントで公式ロゴの使用を明確にしています。公式ロゴを用いていない場合は、ストリートラグビーアライアンスとの関係がないことが明確になり、参加者の混乱を防ぎ、ルールや安全性のレベルを一定に保つことが可能となっています。
福島県では東日本大震災後、屋外での活動が制限された子どもたちの運動不足解消と地域コミュニティの再構築を目的として導入され、成果を上げています。
東京の八重洲やスカイツリータウンといった都市空間でもイベントを開催し、企業スポンサーとの連携も実現しています。商標権の適切な管理により、ブランドの一貫性が保たれ、スポンサー企業も安心して支援できる環境が整っています。
3. 東京オリンピックの舞台で ~7人制ラグビー
7人制ラグビーとは?
「セブンズ」と呼ばれる7人制ラグビーは、2016年のリオオリンピックで初めて採用され、東京2020オリンピックでも正式種目として実施されました。試合は15人制と同じ大きさのフィールドで行われますが、約半分の人数でプレーし、試合時間も14分(7分ハーフ)と短いため、速いテンポでゲームが展開されます。ボールがよく動き、スピード感のあるプレーは観客を魅了し、新たなラグビーファンの獲得に貢献しています。
日本の7人制ラグビーは、男女で対照的な軌跡を描いています。女子代表「サクラセブンズ」は着実な成長を遂げており、世界サーキット「HSBC SVNS 2025」シリーズにおいて、カナダ・バンクーバー大会での史上初の4位入賞、オーストラリア・パース大会での5位入賞を記録しています。パリ2024オリンピックでは過去最高の9位という成績を収め、リオ2016大会の10位、東京2020大会の12位から順位を上げています。
日本代表チーム(7人制)について
7人制ラグビーの日本代表チームの愛称も、ブランド戦略の要素として商標登録されています。男子代表チーム「セブンズジャパン」は、リオ2016オリンピックでニュージーランドから金星を挙げるなど4位と健闘しました。しかし、その後は国際競争の激化により、東京2020大会では11位、パリ2024大会では12位という結果となっています。ワールドラグビーセブンズシリーズでもコアチームからの降格の危機に瀕しており、複数の大会で14位など下位に終わることが続いています。
女子代表チーム「さくらセブンズ」(商標登録第5624485号)および「桜 SAKURA SEVENS」(商標登録第5629424号)は、その商標価値を着実に高めています。リオオリンピックでは12チーム中10位でしたが、継続的な強化により、パリ2024大会では9位まで順位を上げました。シリーズ総合順位でも過去最高位を記録し、初めてシーズン上位チームのみが出場できるワールドチャンピオンシップへの出場権を獲得しました。
第5624485号
第5629424号
特許庁の商標公報・商標公開公報より引用
この男女の対照的な成績には構造的な要因があります。女子にとってセブンズプログラムとオリンピックが競技の頂点であり、才能ある選手がこの分野に専念する構造になっています。
男子アスリートにとっては、プロフェッショナルキャリアと経済的インセンティブが15人制のリーグワンにあるため、セブンズプログラムは才能獲得競争を強いられています。このような状況下で、商標権の管理とブランディングは、各プログラムの価値向上と選手獲得において重要な役割を果たしています。
4. 東京パラリンピックの舞台で ~ウィルチェアーラグビー
ウィルチェアーラグビーの輝かしい成功
ウィルチェアーラグビーは、四肢に障害のある人に向けたチームスポーツとして1977年にカナダで考案され、2000年のシドニーパラリンピックから正式種目となりました。車椅子によるタックルも認められている激しいスポーツで、4人のメンバーが協力して専用のボールをゴールまで運びます。
日本代表チームは、世界のウィルチェアーラグビー界において圧倒的な成功を収めています。リオ2016、東京2020の両パラリンピックで銅メダルを獲得した後、2018年には世界選手権で初優勝を果たしました。
決勝では長年のライバルであるオーストラリアを激闘の末に破り、史上初めて世界の頂点に立ちました。2024年のパリパラリンピックでは、ついに悲願の金メダルを獲得し、大会を通じて無敗という成績で初のパラリンピック制覇を成し遂げました。
この成功により、チームは2022年に初めて世界ランキング1位の座を獲得しました。現在のランキングは3位ですが、ランキング1位のアメリカを破るなど、常に世界のトップで競い合っています。
5. 商標戦略が支える日本ラグビーの未来
商業的成功と競技人口減少のパラドックス
日本のラグビー界は現在、パラドックスに直面しています。リーグワンの観客動員数は着実に増加し、2023-24シーズンには総入場者数が114万人を超え、1試合平均観客数も約6,603人を記録しました。これは2015年ワールドカップ後のトップリーグの記録を上回る数字です。リーグワンのファン人口は1年間で199万人増加し、526万人に達しています。
しかし競技人口は深刻な減少傾向にあります。
高校のラグビー部員数は20年間で約半分に減少し、大学の競技者数は1万人を割り込み、企業のラグビー部の相次ぐ廃部により社会人選手も約6,000人まで落ち込んでいます。
この状況は、観るスポーツとしての人気と、するスポーツとしての人気の間に大きな乖離が生じていることを示しています。
このパラドックスの解決において、各チームや競技フォーマットのブランド価値を高めることで、スポンサーシップやライセンシング収入を確保し、その資金を 競技者の育成プログラムに投資する循環を作り出すことが可能です。商標登録により公式性を担保しながら、参加への障壁を下げる取り組みとして機能させていくことが課題です。
統合的なブランド戦略の必要性
日本ラグビー界の持続的発展のためには、15人制、7人制、ウィルチェアーラグビー、ストリートラグビーといった多様な競技フォーマットを包括する統合的なブランド戦略が不可欠です。それぞれの競技が持つ独自の価値を商標として保護しながら、「日本ラグビー」という大きな傘の下で相乗効果を生み出すことが重要です。
ウィルチェアーラグビーとサクラセブンズの成功は、「勝利のイメージ」として活用すべき貴重な資産です。これらのチームの商標を戦略的に活用し、マーケティングとメディア露出を強化することで、多様な新世代のファンと選手の心を動かすことができます。パラリンピック金メダルやワールドチャンピオンシップ出場といった成果は、適切な商標管理の下で、日本ラグビー全体のブランド価値向上に寄与します。
デジタル時代における商標戦略も重要です。リーグワン、ブレイブブロッサムズ、サクラセブンズ、ウィルチェアーラグビー、ストリートラグビーに至るまで、日本のあらゆるラグビー活動を網羅する統一されたデジタルプラットフォームの構築も課題の一つです。このプラットフォーム自体も適切に商標登録し、ブランドとして確立することで、2019年ワールドカップで獲得したデジタルネイティブなファン層の関心を維持することが可能となります。
6. まとめ
商標とラグビーのつながりは、単なる法的保護の枠を超えて、スポーツの価値創造と持続的発展の橋渡しの意味があります。2019年ラグビーワールドカップの大成功から、リーグワンの商業的成長、ウィルチェアーラグビーの世界的躍進、そしてストリートラグビーという革新的な取り組みまで、商標権の管理とブランディング戦略が重要です。
今後、日本のラグビー界が競技人口減少という課題を克服し、持続的な成長を実現するためには、商標戦略をさらに洗練させていく必要があります。商標権から生まれる経済的価値を競技者の育成に還元する仕組みを構築することが求められています。
2025年以降も、これらのロゴやマークを目にする機会は増えていくでしょう。商標として保護されたこれらのシンボルは、日本ラグビーの歴史と未来をつなぐ架け橋となっています。
競技の特徴やマークの由来、代表チームの愛称、そしてその背後にある商標戦略を理解することで、私たちはラグビーというスポーツの奥深さと、ビジネスとしての可能性をより深く理解することができます。
これからも選手たちが世界の舞台で活躍し、日本のラグビー文化がさらに発展していくことを、商標という視点からも応援していきたいですね。
ファーイースト国際特許事務所所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247