洋服商標登録出願でネクタイ・手袋・靴下が抜ける構造的ミス

無料商標調査 商標登録革命

1. はじめに——「無料で取れたはずの権利」が最初から捨てられている

商標登録は、ネーミングやロゴをどの商品・サービスで独占するかを、願書(出願書類)で最初に指定する制度です。たとえば商標「ABC」を第25類で使いたいとき、願書で「洋服・ネクタイ・手袋・靴下」を指定すれば、その4アイテムについて権利が発生します。ところが、「洋服」だけを指定して出願すれば、権利は洋服に限られ、ネクタイ等には及びません。

重要なのはここです。出願時点でネクタイ・手袋・靴下を一緒に書いておけば追加費用はかかりません。

それにもかかわらず、あえて「洋服」だけに絞った狭い権利で出願・登録される例が、近年、目に見えて増えています。私は日々、実例を精査するなかで、この”見過ごされがちだが重大な欠落”を繰り返し確認しています。

2. なぜ起きる?——願書の「指定商品」から漏れた瞬間に権利は消える

商標権の効力は、願書に書いた指定商品・役務に関連した範囲のみに生じます。願書に書いていなければ、たとえ商標自体は登録になっても、その商品分野では独占できません。出願後に「やっぱりネクタイも追加したい」と思っても、後からの追加は制度上不可能です。別出願が必要で、費用は最初の倍にふくらみます。

つまり、以下の構図です。

  • 出願前に書けば0円(同一出願内の範囲)
  • 出願後に取り直せば”倍額”(別出願)

この非対称性を理解せず、あるいは理解していながら説明しないまま「洋服のみ」で出すと、ネクタイ・手袋・靴下は権利の外に置き去りです。

実務を知る者からすれば、出願段階でのちょっとした注意で防げる”もったいない損失”です。

3. データが示す異常——「洋服はあるのにネクタイ等なし」がここ数年で激増

私の集計では、「洋服は含むがネクタイ・手袋・靴下がない」登録の件数は以下のとおり推移しています。

Fig.1 各年度別の商標権について洋服を含むがネクタイ・手袋・靴下の権利漏れが疑われる商標権数の推移を表したグラフ

各年度別の商標権について洋服を含むがネクタイ・手袋・靴下の権利漏れが疑われる商標権数の推移を表したグラフ
  • 2019年:357件
  • 2020年:598件
  • 2021年:892件
  • 2022年:806件
  • 2023年:468件
  • 2024年:573件

2021年をピークに一旦は下がったものの、2020年以降の高水準が常態化しているのが実情です。これは、一過性のノイズでは説明できません。構造的に”狭い権利”を量産する動きとみるべきです。

4. 現場から見える構図——「狭く出せば早く多く回せる」という誤った経済合理性

(1)狭い権利は楽に作れる

依頼が「洋服の商標を取りたい」だった場合、願書のテンプレに「洋服」とだけ入れれば書類は完成します。説明の手間は最小、審査で引っかかる確率も低め。しかし、その陰で無料で加えられたはずの権利が捨てられます。

(2)”グレー”を避ければ審査は速い

権利範囲を広げると、先行登録との関係で審査対応(意見書・補正)が必要になることがあります。出願を大量に短時間で回す発想に立つと、「争わずに済む狭い出願」に傾きがちです。

(3)後出しで”追加ビジネス”が生まれる

最初から広く押さえると、そのお客様に対する追加出願の余地は小さい。一方、狭く出しておけば、「後日、別料金で拡張」という二回取りの余白が生まれます。この発想が蔓延すれば、顧客利益より事業者都合が先行し、結果として市場全体に”弱い商標権”が増えます。

5. 専門家不在のサイン——願書を本当に見ているのか

真っ当な専門家が出願前の願書をレビューすれば、「洋服だけではネクタイ・手袋・靴下が落ちますよ」と一撃で指摘できます。にもかかわらず、欠落事例がここまで積み上がるのは、以下のいずれか(あるいは複合)が原因です。

  • 専門家レビューが形式化している
  • 実務を外注の下請け構造に丸投げしている
  • そもそも”最適な権利範囲”の設計対話が無い

ブランドは資産です。のれん価値を育て、将来の譲渡・ライセンス・資金調達の選択肢を確保するためにも、「出願書類の第1枚」を丁寧に設計する責務が、出願人にも、サポートする専門家にもあります。

6. 「気づいたときには倍額」の現実——後戻りコストは想像以上に重い

出願から登録まで、近年は概ね8ヶ月前後。その間に商品展開やコラボの話が具体化し、「ネクタイや手袋も使いたい」となった時点で、別出願=追加コストが現実化します。

さらに、出願から登録までのタイムラグがブランド戦略を縛ります。出願時点で無料で押さえられたはずの守備範囲を、後日、時間と費用をかけて”取り直す”非効率は、冷静な経営判断から見ても避けるべき失点です。

7. よくある誤解に答える

Q1. 「ウチは当面、洋服だけだから十分では?」

今は十分でも、来季の小物展開や別ライン、コラボが走り出した瞬間、権利の空白が事業の自由度を奪います。無料で広げられる範囲は、出願時点で押さえるのが賢明です。

Q2. 「広げると審査で落ちやすくなるのでは?」

先行権との関係は設計の腕で回避できます。安易に狭めるのではなく、競合状況を踏まえた合理的な指定を組むことが専門家の仕事です。

Q3. 「費用は増えるのでは?」

同一出願の中での指定拡張(今回の文脈ではネクタイ・手袋・靴下)であれば、追加費用なしが通常運用です。むしろ後日取り直す方が倍額。数字で比較すれば答えは明らかです。

8. 3分セルフ診断——あなたの第25類、ここを確認

あなたの登録・出願(またはドラフト)が「洋服」だけになっていませんか?

ネクタイ・手袋・靴下が同じ出願に並記されていますか?

もし抜けているなら、出願前なら即時修正、出願後なら早期の別出願をご検討ください。特にブランド拡張を見据える企業・D2C・セレクトショップは、シーズンの切替前に見直す価値があります。

9. 実務的アドバイス——”広げる”ではなく”最適化する”

無差別に広げるのではありません。事業計画と販売チャネルを踏まえ、重心と周辺を出願時点で合理的に設計します。第25類の中でも、少なくとも「洋服・ネクタイ・手袋・靴下」は同一ブランドの自然な周辺領域です。ここが欠けている願書は、レビュー工程が弱いサインと考えて差し支えありません。

10. 結論——出願書類の第1枚でブランドの未来が決まる

  • 出願時に書けば0円、後日なら倍額
  • 洋服だけの登録がここ数年で異常に増加
  • 背景には”狭く・速く・数を回す”という誤った経済合理性

しかし、ブランドの価値は出願段階の願書設計で決まります

あなたのブランドの将来にとって、ネクタイ・手袋・靴下は軽い付け足しではありません。拡張の自由と交渉力を左右する、実務上の「基礎体力」です。もし今、あなたの願書や登録証に欠落の疑いがあるなら、今日見直してください。「出願時点で無料で守れたはずのもの」を、後からお金と時間を払って買い戻すのはもう終わりにしましょう。

※本記事は一般情報であり、個別案件の最適解は事業計画・競合状況・先行権の有無で変わります。

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ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247

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