索 引
1. 商号の登記と商標の登録は別の制度
会社を設立すると、商号を法務局に登記します。この登記を済ませたことで、会社名が商標としても守られていると考えている経営者は少なくありません。商号の登記と商標の登録は、根拠となる法律も、手続きをする役所も、守ってくれる範囲も違います。
商号は、会社や個人事業主が営業のうえで自分を表す名称です。商標は、商品やサービスにつけて、他人のものと区別するための目印です。同じ「ABC」という文字でも、登記簿に載る会社名として使えば商号、商品のパッケージや店舗の看板に掲げてブランドとして使えば商標として扱われます。
この記事では、商号の登記で得られるもの、平成17年の法改正で商号の保護がどう変わったか、商号を商標として登録するときの注意点、商号を登記していても他人の商標権とぶつかる場面を、弁護士・弁理士が説明します。
2. 商号の登記で得られるもの
商号は、会社法と商法で定められた営業上の名称です。会社は名称がそのまま商号になり(会社法6条)、設立の登記で本店の所在場所とともに登記されます。個人事業主は氏名や屋号を商号にでき、登記するかどうかは任意です。
登記した商号には、営業を続けるうちに取引先や顧客からの信用が積み重なります。その信用は会社の財産です。ただし、登記が与える効果は限られています。商業登記法27条は、他人が既に登記した商号と同一の商号を、同一の本店所在場所で登記することを禁じるだけです。本店の所在場所が違えば、同じ商号の会社を登記できます。同じ市内に同名の会社が複数あることは、いまの制度では珍しくありません。
つまり商号の登記は、「その住所でその名前の会社は一つ」という登記簿上の重複を防ぐ仕組みであって、他人に同じ名前を使わせない権利を与えるものではありません。
3. 平成17年改正で消えた商号専用権
平成17年(2005年)の改正前の商法には、登記した商号を手厚く守る規定がありました。旧商法19条は、他人が登記した商号を同じ市町村内で同一の営業のために登記することを禁じていました。旧商法20条は、不正競争の目的で同一または類似の商号を使う者に対して、登記した側が使用の差止めと損害賠償を請求できると定めていました。あわせて、同じ市町村内で同一の営業のために使えば、不正競争の目的があると推定していました。登記さえしておけば、その市町村の中では商号を独占できたわけです。
この仕組みには、登記の際に商号や営業の同一性を細かく審査する負担があり、会社設立に時間と費用がかかる原因になっていました。会社法の制定に合わせて平成17年に商法が改正され、19条と20条は削除されました。登記による商号専用権はこのときに廃止され、残ったのは先に述べた商業登記法27条の同一所在場所での重複禁止だけです。
2005年の改正から20年以上たったいまも、「登記した商号は市内で独占できる」という改正前の理解のまま会社名を決めている例を見かけます。現在の制度では、登記だけでは商号を守れません。
4. 商号を守る二つの法律:不正競争防止法と会社法
商号専用権がなくなった後、商号を模倣された場合に使えるのは不正競争防止法と会社法です。
不正競争防止法2条1項1号は、他人の商品等表示として需要者の間に広く認識されているものと同一または類似の表示を使い、その商品や営業と混同を生じさせる行為を不正競争と定めています。商品等表示には商号も含まれます。自社の商号が営業地域で広く知られていること、相手の商号が似ていること、営業主体の混同が起きることという三つの要件がそろえば、使用の差止め(3条)と損害賠償(4条)を請求できます。周知性は全国規模である必要はなく、営業地域とその周辺で足ります。周知性の判断要素と裁判例は、未登録商標は保護される?不正競争防止法の周知性と商標登録の違いで説明しています。
会社法8条は、不正の目的をもって他の会社であると誤認されるおそれのある名称や商号を使うことを禁じ、営業上の利益を侵害された会社、または侵害されるおそれがある会社に、使用の停止と予防の請求を認めています。個人事業主については商法12条に同じ規定があります。こちらは周知性を要件にしていません。その代わり、相手に「他社と誤認させる不正の目的」があったことを、請求する側が証明します。自社の商号が広く知られていれば、不正の目的は認められやすくなります。
どちらの法律も、商号を登記しているかどうかは要件になっていません。登記の有無ではなく、周知性や相手の不正の目的という、後から証拠で示さなければならない事実で勝敗が決まります。訴訟になれば、売上や広告の記録、取引先の陳述、相手の行動を示す資料を集める作業が待っています。
5. 商標法で商号を守る:登録の条件と注意点
商号を確実に守る方法は、商号を商標として登録することです。商標権は特許庁への出願、審査、登録料の納付を経て発生し、指定した商品やサービスについて日本全国で独占的に使えます。周知性の証明はいりません。登録証を示せば権利を証明でき、存続期間10年は更新で何度でも延ばせます。
商号を商標登録するときは、三つの点に注意します。
「株式会社」を含めて出願しない
「株式会社ABC」のように法人格を示す文字を含めたまま出願すると、同じ「株式会社ABC」という名称の他社が別の所在場所に存在する場合、他人の名称を含む商標として拒絶されます(商標法4条1項8号)。その他社の承諾を得なければ登録できません。実際にブランドとして使うのは「ABC」の部分です。「株式会社」を外し、商号の核になる部分だけを出願します。
識別力と先行商標の審査がある
商号として登記できた名称でも、商標としては別に審査されます。商品やサービスの内容をそのまま表した名称は識別力がないとして拒絶されます(3条1項)。他人が先に登録した商標と似ていれば、それも拒絶の理由になります(4条1項11号)。登記の前に商標調査をしておけば、設立後に社名を変える事態を避けられます。
指定商品・指定役務を事業に合わせて決める
商標権は指定した商品やサービスの範囲で成立します。会社名を商標登録する場合、現在の事業だけでなく、近い将来に展開する事業まで含めて指定商品と指定役務を決めます。同じ区分の中であれば、商品や役務を追加しても特許庁に納める料金は変わりません。
6. 商号を登記していても他人の商標権とぶつかる場面
商号を登記したことと、その商号を商標として自由に使えることは別です。他人が先に、自社が扱う商品やサービスと同じか似た範囲で「ABC」を商標登録していれば、株式会社ABCが商品やサービスに「ABC」をブランドとして表示する行為は、その商標権を侵害します。登記簿に載っていることは、侵害の言い訳になりません。
商標法26条1項1号は、自己の名称を普通に用いられる方法で表示する商標には商標権の効力が及ばないと定めています。請求書や契約書、会社案内に「株式会社ABC」と社名を書く行為は、この規定で守られます。ただし、ロゴ化した「ABC」を商品に大きく表示する、店舗の看板に掲げる、サービス名として宣伝するといった使い方は、名称を普通に表示する範囲を超えます。「株式会社」を省いた「ABC」だけの表示は名称の略称にあたり、著名でなければこの規定の対象にもなりません。不正競争の目的で使う場合も、この規定は適用されません(26条2項)。
逆の立場でも同じです。自社が「ABC」を商標登録していても、同名の他社がその社名「株式会社ABC」を書類に普通に表示することは止められません。止められるのは、商標として使う行為です。
商号の登記が済んでいるからと商標調査を省くと、事業が軌道に乗った後に警告書が届き、看板やパッケージの作り直しを迫られます。先に使っていたことを理由に使い続けるには、商標法32条の先使用権の要件として、相手の出願の時点で自社の商号が周知であったことを証明しなければなりません。
7. 会社名を守るための手順
会社名を決める段階で、法務局の商号調査と特許庁の商標調査を両方行います。商号調査で分かるのは同一所在場所の重複だけです。商標調査で、同じ名前や似た名前が自社の事業分野で登録されていないかを確認します。
抵触する商標がなければ、設立登記と並行して商標登録出願をします。登録後は、商号を使っている証拠として、広告、取引書類、売上の記録を残してください。不正競争防止法や先使用権を主張する場面で周知性の証拠になり、登録商標については不使用取消審判への備えになります。
すでに他人が同じ名前を商標登録している場合は、先使用権の主張、その登録を争う手続き、商号の変更のどれが取れるかを、使用の開始時期と証拠の内容から判断します。当事務所への相談はお問い合わせフォームから受け付けています。会社名と事業内容、使用を始めた時期をお知らせください。
商号、商標、標章という言葉の違いは、「標章」「商標」「商号」それぞれの意味と違いは?で説明しています。
8. 商号と商標に関するQ&A
Q1. 商号を登記すれば、同じ名前の会社は作れなくなりますか?
なりません。商業登記法27条が禁じるのは、同一の本店所在場所で同一の商号を登記することだけです。所在場所が違えば、同じ商号の会社を登記できます。
Q2. 登記した商号を他社にまねされたら、何ができますか?
自社の商号が営業地域で広く知られ、相手の商号が似ていて混同が生じる場合は、不正競争防止法に基づいて差止めと損害賠償を請求できます。相手に他社と誤認させる不正の目的がある場合は、会社法8条に基づく差止めも使えます。どちらも登記は要件ではなく、周知性や不正の目的を自社が証明します。
Q3. 会社名をそのまま商標登録できますか?
「株式会社」を外した核になる部分を出願します。法人格の文字を含めたままだと、同名の他社がある場合に他人の名称を含む商標として拒絶されます。識別力と先行商標の審査は、商号の登記とは別に行われます。
Q4. 商号を登記していれば、他人の商標権は気にしなくてよいですか?
気にする必要があります。社名を書類に普通に表示する行為には商標権の効力が及びませんが、商品やサービスのブランドとして商号を表示する行為は、他人の登録商標と抵触すれば侵害になります。登記の前に商標調査をしてください。
Q5. 商号を商標登録したら、使い続ける義務はありますか?
法律上の義務はありません。ただし、登録商標を継続して3年以上使っていないと、誰でも不使用取消審判を請求できます。登録した核になる部分を商品やサービスの目印として表示し続けていれば、その使用の証拠で登録を維持できます。使用の記録を残しておいてください。
ファーイースト国際特許事務所
弁護士・弁理士 都築 健太郎
03-6667-0247
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ファーイースト国際特許事務所|弁理士 平野泰弘
