1.登録主義と使用主義:商標法の仕組みを簡単に解説
日本の商標法は「登録主義」を採用しています。これは、商標を正式に権利として守るためには特許庁に登録することが必要だという考え方です。この制度は、商標権の安定性を確保する目的があります。
一方で、商標法の本来の目的は、商標を実際に使う事業者の「業務上の信用」を守ることです。そのため、登録主義であっても「使用主義的な考え方」が一部に反映されています。
使用されない商標はどうなる?
商標が登録されていても、長期間使用されていない場合には問題が生じます。例えば、以下のようなケースです。
業務上の信用が蓄積されていない場合
登録されていても使用されていない商標には、消費者や市場での信頼が築かれていません。そのような商標をわざわざ維持する必要はありません。
他者の自由を妨げる場合
登録された商標には、同じ内容だけでなく「類似する内容」にも権利が及びます。そのため、他の人が似たような商標を登録しようとしても拒絶されてしまいます。長期間使用されていない商標がそのまま残っていると、結果的に新しい商標を登録する自由を妨げることになります。
不使用取消審判で問題を解決
これらの問題を解決するため、日本の商標法には「不使用取消審判」という仕組みがあります。
これは、一定期間(通常3年以上)使用されていない商標を取り消すことができる制度です。不使用状態が続いている商標について、誰でも審判を請求することができるため、実際に使われている商標が優先して保護される仕組みになっています。
このように、商標法は単に登録主義を採用しているだけではなく、使用されている商標を重視する柔軟な制度設計になっています。不使用取消審判の活用により、商標が市場で適切に機能する環境が整えられているのです。
2.不使用取消審判:使われていない商標が取り消される仕組み
不使用取消審判とは?
商標法第50条には、一定期間(継続して3年以上)商標が使用されていない場合、その登録を取り消すことができる制度が定められています。この制度は、登録だけされて使用されていない商標が、他者の権利や市場での公平性を妨げないように設けられたものです。
具体的には、以下のように規定されています:
「継続して3年以上日本国内で、商標権者、専用使用権者、または通常使用権者のいずれもが商標を使用していない場合、何人も商標登録の取消を請求することができる」
商標法第50条第1項
特徴:立証責任の転換
この審判の最大の特徴は、「立証責任の転換」にあります。通常、裁判などでは請求する側が証拠を提示する責任を負いますが、不使用取消審判では異なります。
「使っていない」事実を証明することの難しさ
何かを「していない」ことを証明するのは極めて困難(いわゆる「悪魔の証明」)です。そのため、請求人にその責任を負わせるのは非現実的です。
「使っている」事実を証明させる仕組み
この問題を解決するため、被請求人(商標権者)が「商標を使用している証拠」を提示する責任を負うこととされています。この仕組みにより、制度の実効性が高まっています。
不使用取消審判の主な要件
以下の条件が揃う場合に審判が成立します。
1. 商標を使用していないこと
商標を使う主体は、商標権者だけでなく、専用使用権者や通常使用権者でも構いません。登録商標が実際に使われることが目的です。
2. 継続して3年以上使用されていないこと
「継続して」がポイントです。3年のうち1度でも使用されていれば、この条件は成立しません。また、審判請求時に商標が使用されている場合も取り消しは認められません。
なお、権利の譲渡があった場合、譲渡前の不使用期間も合算されるため注意が必要です。
3. 指定商品・役務について使用していないこと
登録された商品や役務での使用が要件となります。類似商品や類似商標への使用では要件を満たしません。ただし、登録商標と「社会通念上同一」と認められる商標については一定の許容範囲が設けられています。
正当な理由がある場合の例外
商標が使用されていなくても、以下のような「正当な理由」がある場合は取消を免れることがあります。
- 自然災害や震災などの影響:商標の使用が物理的に不可能な場合
- 法律による制約:他の法律の影響で商標の使用が制限されている場合。
ただし、駆け込み使用(審判請求を察知して急に商標を使い始める行為)は認められません。特に、審判請求の3ヶ月前から請求登録日までの使用は、使用の事実としてカウントされず、取消の対象となります。
商標を守るために必要な行動
不使用取消審判は、使用されていない商標が市場に不必要な障害を与えるのを防ぐために重要な制度です。
商標権者にとっては「3年以上使用しないこと」が大きなリスクとなるため、以下の点に注意する必要があります:
- 1. 商標の継続的な使用を意識する
- 2. 権利の譲渡時に過去の使用状況を確認する
- 3. 正当な理由がある場合は、その証拠をしっかり保管する
この制度を正しく理解し、実務で適切に対応することで、商標権を守ると同時に市場全体の公平性を確保することができます。
3.まとめ:不使用取消審判で考えるべきポイント
不使用取消審判の請求を受け、クライアントにその事実を報告し、対応方針を相談する場面で、私がよく直面する疑問があります。
それは、「この商標は、社会通念上同一の商標と認められるのだろうか?」 という問題です。
社会通念上同一とは何か?
商標法では、登録された商標と「社会通念上同一」と認められる範囲の商標についても、使用の証拠として認められることがあります。しかし、この「社会通念上同一」であるかどうかの判断は非常に慎重で、単なる類似では足りません。
例えば、以下のようなケースが問題になります:
- ロゴのデザインが少し変更されている
- 書体や色が微妙に異なる
こうした変更が「社会通念上同一」と見なされない場合、その商標の使用は証拠として認められず、登録が取り消されるリスクが発生します。
登録商標の変更使用はリスクが高い
商標登録後、事業の都合でロゴやデザインを変更することは珍しくありません。しかし、不使用取消審判が存在する以上、登録商標の変更使用は慎重であるべきです。
「この前登録してもらったロゴ、ちょっと変えてみたんだよね」と、軽い気持ちで変更されるケースもありますが、その変更が不使用取消審判の際に不利に働く可能性があります。これを聞くたびに、私は身震いする思いです。
実務での注意点
不使用取消審判に備えるために、商標を活用するクライアントには以下の点を強調しています:
1. 商標の使用状況を記録する
使用の証拠となる写真や書類を日常的に保存することが重要です。
2. ロゴやデザインの変更は慎重に
変更を検討する際には、商標専門家に相談し、「社会通念上同一」と認められる範囲内で行うよう指導します。
3. 登録商標の使用と一致するかを常に確認
特に広告や商品表示で、登録商標そのものが正確に使用されているかをチェックする必要があります。
不使用取消審判は、商標権者にとって「使用」の重要性を再認識させる制度です。登録だけで安心するのではなく、登録商標を適切に、かつ継続して使用することが、商標権を守る最善の方法です。
ファーイースト国際特許事務所弁理士 秋和 勝志
03-6667-0247