1.商標権の基本:登録主義とは?
商標権が「登録」によって初めて発生する理由は、権利を安定させるためです。
商標権は非常に強力な権利であり、他人が商標を無断で使用した場合、以下のような厳しい措置を取ることができます。
- 差止請求(商標法36条):使用の停止を求めることが可能
- 損害賠償請求(民法709条):不正使用による損害を金銭で補償させる
- 刑事罰(商標法78条など):最悪の場合、違反者が刑事責任を問われる
これほど強い権利だからこそ、権利の「安定性」を保つために、誰が・いつ・どんな商標を登録し、どの商品やサービスを対象としているのかをあらかじめ「登録」し、その内容を公にする仕組みが必要になります。
これが、日本の商標法が採用している「登録主義」の考え方です。
登録主義がなかったらどうなる?
もし商標権を登録せずに発生させる仕組みだったとしたら、こんな問題が起こるかもしれません。
例えば、自分が一生懸命考えたオリジナルブランド名を使って事業を始めたとします。しかし突然、誰かが「そのブランド名は私の商標だ」と名乗り出て、
- ブランド名の使用をやめるよう求められる
- 売上に応じた利益を請求される
そんな事態になったら、事業を安心して続けることができませんよね。
登録主義のメリット
こうしたトラブルを防ぎ、事業者が安心して活動できる環境を作るため、日本の商標法は登録主義を採用しています。
商標を登録することで、商標権の範囲や内容が明確になり、トラブルを事前に防ぐことができるのです。
このように、商標権の登録主義は、事業者と社会全体の安定を守るために欠かせない仕組みなのです。
2.商標権のもう一つの考え方:「使用主義」とは?
使用主義の概要
「登録主義」に対するもう一つの考え方として、「使用主義」という制度があります。
使用主義では、商標を実際に使い始めたことをもって商標権が発生する仕組みです。つまり、商標を使っているという事実そのものが権利の基盤となるのです。
使用主義が支持される理由
商標法が目指す保護の目的には、商標の使用を通じて蓄積された「業務上の信用」(グッドウィル)があります。
この立場から考えると、次のような理由で使用主義が理にかなっていると考えられます。
- 実際に使用していない商標
- 信用が蓄積していない商標
これらは保護する必要がない、という考え方です。
例えばアメリカでは、使用主義を中心とした商標法が設計されており、この法制度の利点を支持する声も少なくありません。
使用主義の課題
一方で、使用主義には大きな課題があります。
それは権利の安定性が損なわれる可能性が高いことです。具体的には、以下のような問題が挙げられます。
1. 使用の開始時期の証明が難しい
どちらの当事者が先に商標を使い始めたのかを証明するのは容易ではありません。
2. 使用の事実を捏造できるリスク
使用しているように見せかける「偽装」が可能なため、商標権が濫用される恐れがあります。
これらの問題があると、業務上の信用を保護するどころか、取引そのものが不安定になり、結果的に市場でのトラブルが増加してしまう可能性があります。
国際的な傾向
こうした理由から、使用主義は魅力的ではあるものの、現実には多くの課題を抱えています。
そのため、国際的には使用主義よりも登録主義を採用している国のほうが多いのが現状です。商標制度を安定的に運用するには、やはり登録主義が適しているという考え方が主流なのです。
ここがポイント
使用主義は商標法の目的に沿った魅力的な制度ですが、権利の安定性の観点から課題が多いため、国際的には登録主義が中心となっています。
商標制度は、安定性と公平性のバランスを保つことが重要です。そのため、日本をはじめとする多くの国では登録主義が採用されているのです。
3.日本の商標法における「使用主義的な修正」とは?
日本の商標法は基本的に「登録主義」を採用していますが、完全な登録主義ではなく、一部に「使用主義」の考え方を取り入れることでバランスを取っています。
この柔軟な仕組みは、権利の安定性と実際の取引秩序の調和を図るために設計されています。以下に、具体的な使用主義的な修正について解説します。
① 使用の意思の確認(商標法第3条第1項柱書)
商標を登録する際、出願人がその商標を実際に使う意思を持っていなければなりません。具体的には、以下のような場合には審査で拒絶されます。
- 商標を使用する意思が確認できない場合
- 商標を使用することが法的に禁止されている場合
この規定は、単なる登録のための出願や権利の濫用を防ぎ、商標の適正な運用を促進するものです。
② 未登録の周知商標の保護(商標法第4条第1項第10号)
通常、商標の保護は登録を受けた商標に限定されます。しかし、未登録であっても、長期間使用されることで広く認知された商標(周知商標)は特別に保護されます。
例えば
- 未登録の商標が周知性を持つ場合、その商標に類似するものが新たに出願された場合でも、登録を拒絶することができます
これにより、未登録の周知商標が不正に利用されることを防ぎ、取引秩序を守る役割を果たします。
③ 先使用による使用権(商標法第32条)
未登録の周知商標を継続して使用できる権利を認める規定です。
例えば、誤って登録された他者の商標により本来使用が制限される場合でも、以下の条件を満たせば使用を続けることができます。
- 商標を継続的に使用していること
なお、登録された商標が本来拒絶されるべき場合でも、無効審判(商標法第46条)によって登録を取り消せることがあります。
ただし、登録後5年を経過すると無効審判の請求ができなくなる場合があります(商標法第47条)。
④ 不使用取消審判(商標法第50条)
商標権者は商標を独占的に使用する権利を得る一方で、商標を実際に使用する義務があります。以下の場合には登録が取り消されることがあります。
- 登録後3年以上商標が使用されていない場合
この審判制度は、商標権者に対して登録商標の積極的な使用を促すとともに、第三者が不使用の商標を取り消すための手段を提供するものです。これにより、商標制度全体の健全性が保たれます。
ここがポイント
日本の商標法は、登録主義を基本としつつも、使用主義の要素を部分的に取り入れることで、取引秩序を守りつつ権利の安定性を維持しています。
この柔軟な仕組みが、日本の商標制度をバランスの取れたものにしているのです。
ファーイースト国際特許事務所弁理士秋和勝志
03-6667-0247