東京がまだ江戸と呼ばれていた時代。徳川幕府の御膝元として栄えた江戸には、独自の文化が花開き、その名残は現代にも息づいています。
江戸から受け継がれた技術や文化は、今も商標として大切に守られ、多くの人々に愛され続けています。
この記事では、江戸の名を冠した地域団体商標から、現代の空港施設、さらには検定試験まで、江戸にまつわる多彩な商標をご紹介します。商標を通じて江戸の魅力を再発見してみませんか。
1. 江戸の名前を戴く地域団体商標
今も息づく職人たちの技
江戸時代、徳川幕府は優れた技術を江戸に集めるため、京都から名工を招き入れました。彼らの指導のもと、江戸の職人たちは腕を磨き、やがて町人文化が栄える頃には、江戸ならではの名品を次々と生み出していきます。
こうして育まれた伝統工芸品の数々は、世代を超えて技術が受け継がれ、現在では地域団体商標として保護されているものも少なくありません。
地域団体商標制度は、2006年に導入された画期的な制度です。従来は登録が困難だった「地名+商品名」という組み合わせの商標が登録可能となり、地域の特産品や伝統工芸品を法的に保護できるようになりました。この制度により、地域ブランドの育成と地域経済の活性化が期待されています。
江戸の名を冠した地域団体商標には、以下のようなものがあります。
調味料
江戸甘味噌(商標登録 第5002296号)
江戸甘味噌は、米麹を多く使用し、塩分を控えめにした甘口の味噌です。江戸時代、参勤交代で江戸に集まった各地の大名たちの好みに合わせて作られたといわれています。
織物・被服・布製品・履物
江戸小紋(商標登録 第5246082号)
細かな模様を一色で染め上げる江戸小紋。遠目には無地に見えるほど繊細な技術は、武士の裃(かみしも)から発展したものです。
江戸更紗(商標登録 第5127141号)
インドから渡来した更紗の技術を、江戸の職人が独自に発展させた染物です。多彩な色使いと自由な文様が特徴的です。
工芸品・かばん・器・雑貨
江戸からかみ(商標登録 第5100407号)
襖や屏風に用いられる装飾紙で、木版を使って文様を摺り出します。江戸時代の町人文化を反映した、粋で洒落た意匠が魅力です。
江戸切子(商標登録 第5085277号)
ガラスの表面に切り込みを入れて模様を描く江戸切子。光の反射が美しく、現代でも贈答品として人気があります。
江戸木版画(商標登録 第5027720号)
浮世絵に代表される江戸木版画は、絵師・彫師・摺師の分業によって作られます。その技術は現代にも受け継がれています。
おもちゃ・人形
江戸衣裳着人形(商標登録 第5026442号)
豪華な衣装を着せつけた人形で、雛人形や五月人形として親しまれています。江戸時代の服飾文化を今に伝える貴重な工芸品です。
江戸押絵羽子板(商標登録 第5026441号)
正月の縁起物として知られる羽子板。立体的な押絵の技法で、歌舞伎役者や美人画が描かれます。
江戸甲冑(商標登録 第5030080号)
武家文化の象徴である甲冑。現代では端午の節句の飾りとして、子どもの健やかな成長を願う家庭で大切にされています。
江戸木目込人形(商標登録 第5026443号)
桐塑(とうそ)に溝を彫り、そこに布を押し込んで衣装を表現する技法です。優美で上品な仕上がりが特徴です。
仏壇・仏具・葬祭用具・家具
江戸指物(商標登録 第5043503号)
釘を使わず、木と木を組み合わせて作る伝統的な木工技術。茶道具から家具まで、幅広い製品が作られています。
2. 羽田空港で江戸情緒に浸る「江戸小路」
日本の玄関口で気軽に親しめる江戸の街
羽田空港国際線旅客ターミナル4階には、江戸時代の街並みを再現した「江戸小路」があります。このエリアは、日本を訪れる外国人観光客だけでなく、日本人にとっても魅力的な空間として設計されました。
江戸小路には、伝統工芸品を扱うショップや、江戸前寿司をはじめとする和食レストランが軒を連ねています。また、「江戸舞台」では定期的に日本の伝統芸能が披露され、訪れる人々を楽しませています。
写真映えする風景が広がるこの場所は、SNS時代の現代において、日本文化を世界に発信する重要な拠点となっています。江戸時代の活気ある商店街の雰囲気を現代的にアレンジし、誰もが気軽に江戸文化を体験できる工夫が凝らされています。
「江戸小路」の商標登録
江戸小路については、複数の商標が登録されており、ブランドの保護が図られています。
江戸小路(商標登録 第5383732号)
特許庁の商標公報・商標公開公報より引用
この商標登録により、江戸小路のブランド価値が法的に保護され、類似の名称を使用した混同を防ぐことができます。空港という国際的な場所において、日本文化を代表するブランドとしての価値を維持するために重要な役割を果たしています。
3. 江戸を深く知り、未来を考える「江戸文化歴史検定」
江戸時代の文化に親しむ検定
260年以上続いた江戸時代は、日本史上まれに見る平和な時代でした。この長い平和の中で、庶民の暮らしは豊かになり、歌舞伎や浮世絵、落語といった多彩な文化が花開きました。
江戸の人々は、季節ごとの行事や祭りを楽しみ、粋と洒落を大切にする独特の美意識を育てました。こうした江戸時代の知恵や文化を現代に生かすことを目的として創設されたのが「江戸文化歴史検定」です。
この検定は、単なる歴史の知識を問うものではありません。江戸時代の人々の暮らしぶりや考え方を学ぶことで、現代社会が抱える課題へのヒントを見つけることも期待されていました。
江戸を愛する幅広い年齢層に人気
江戸文化歴史検定は、2006年の第1回開催以来、多くの江戸ファンに支持されてきました。主催は江戸東京博物館と小学館によって設立された江戸文化歴史検定協会です。
検定は3つの級に分かれており、入門編の3級では江戸の基礎知識を、2級では江戸文化への理解を深め、1級ではガイドとして活躍できるレベルの知識が求められました。受験者は10代から90代まで幅広く、江戸文化への関心の高さがうかがえます。
検定の実施により、江戸文化への理解が深まるだけでなく、検定合格者たちがボランティアガイドとして活躍するなど、文化の継承にも貢献してきました。しかし、2020年以降は新たな開催の案内がなく、第15回をもって終了となっています。
「江戸文化歴史検定」の商標登録
江戸文化歴史検定については、2つの商標が登録されています。いずれも公式テキストを発行していた小学館が権利者となっています。
江戸文化歴史検定(商標登録 第5007315号)
江戸文化歴史検定(商標登録 第5017378号)
検定自体は終了しましたが、商標は現在も登録が維持されています。
4. まとめ
江戸という言葉を含む商標は、今回ご紹介したもの以外にも数多く存在します。それは、独自の発展を遂げた江戸の文化が、現代の私たちにとっても魅力的であり続けているからではないでしょうか。
約150年前まで東京に広がっていた江戸の街。現代の東京を歩いていても、神社仏閣や老舗の店舗など、江戸時代の名残を見つけることができます。休日に古地図を片手に街歩きをすれば、思わぬ発見があるかもしれません。
老舗ののれんに染め抜かれた屋号や商標の中には、江戸時代から変わらずに使われているものもあります。商標という制度を通じて江戸を見つめ直すと、過去と現在がつながっていることを実感できます。
商標は単なる法的な保護手段ではありません。それは文化や伝統を未来へつなぐ架け橋でもあるのです。江戸の名を冠した商標たちは、これからも日本の文化的アイデンティティを影で守り続けています。
ファーイースト国際特許事務所所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247