1. 菓銘を知り、より深く和菓子を味わいましょう
和菓子店に足を運ぶと、みたらし団子や大福などの定番商品から、繊細な細工を施された芸術品のような商品まで、多種多様な和菓子が並んでいます。
季節の移ろいとともに変わる商品の姿は、まさに食べられる芸術作品といえるでしょう。
和菓子の魅力は、その味わいだけにとどまりません。
美しい形を眺め、季節の情景を感じ取る視覚的な楽しみもあります。もうひとつの楽しみ方が「菓銘」を通じて感じる物語です。
菓銘には古典文学や和歌から引用した語句、土地の歴史を映し出した言葉など、趣のある表現が用いられています。ひとつひとつの和菓子に込められた背景や職人の思いを、菓銘を通じて感じ取れます。
和菓子を味わう際には、その形の美しさや菓銘の響きに意識を向けてみてください。職人が込めた思いを感じながら口にすると、より深い味わいを楽しめます。
2. 秋を表現した菓銘とは
菓銘には四季の風景や季節の移ろいを表現したものが数多く存在します。
特に秋の菓銘は、日本人の感性が色濃く反映された表現が多く見られます。ここでは、代表的な秋の菓銘をご紹介します。
優雅に長寿を願う風習「菊の被綿(きくのきせわた)」
菊の被綿は、9月9日の重陽の節句に行われていた平安時代の宮中行事に由来します。
前夜に菊の花の上に綿をかぶせておき、翌朝、その香りと露を含んだ綿で身体をなでることで長寿を保てると信じられていました。
この風習は、中国から伝わった重陽の節句と日本の菊への愛着が融合して生まれた独自の文化です。
現代の和菓子職人たちは、この優雅な風習を和菓子として表現しています。
菊の花に綿をのせた姿をあしらった和菓子は「菊の被綿」「被綿」「着綿」などの名前で親しまれています。
店によって黄色やピンク色、白色など、さまざまな色合いで表現される菊の姿は、それぞれの職人の解釈と技術の結晶です。
各店の個性あふれる「菊の被綿」を食べ比べてみると、同じ題材でも異なる表現方法があることに気づかされます。
北から飛来してくる姿「初雁(はつかり)」
初雁とは、秋になって北の地から最初に渡ってきた雁のことを指します。
古来より日本人は、隊列を組んで飛来する雁の姿を見て秋の訪れを感じてきました。この情景は多くの和歌にも詠まれ、秋の季語として定着しています。
和菓子職人たちは、この詩情豊かな題材をさまざまな形で表現しています。羽を広げる雁の姿をあしらった饅頭、雁の飛ぶ様子を抽象的に表現した羊羹、黒糖と葛を使って秋の空を飛ぶ雁を表現したものなど、それぞれの店が独自の解釈で「初雁」を創作しています。
これらの和菓子を通じて、古の人々が感じた季節の移ろいを現代の私たちも共有できるのです。
日本人にとって四季の変化は、生活に密着した大切な要素でした。お茶と和菓子を味わいながら、その時々の景色を楽しむ文化は、現代にも受け継がれています。
「うぐいす餅」の名付け親は、豊臣秀吉
餡を包んだ求肥に青大豆のきな粉をまぶした「うぐいす餅」は、早春を代表する和菓子として愛されています。この菓子の名前には、豊臣秀吉にまつわる興味深いエピソードがあります。
1585年(天正13年)、大和郡山城(現在の奈良県大和郡山市)の城主であった豊臣秀長が、兄の秀吉を招いて茶会を催しました。秀長はこの茶会のために、御用菓子司の菊屋治兵衛に珍しい菓子の創作を命じていました。
茶会当日、菊屋治兵衛が献上した菓子を口にした秀吉は、その味と形に感銘を受けました。そして、春の訪れを告げる鳥になぞらえて「うぐいす餅」という菓銘を与えたと伝えられています。
権力者の一言が、現代まで続く菓銘となったこの逸話は、和菓子と日本の歴史の深い関わりを物語っています。
3. 商標登録されている銘菓:京都の老舗・鶴屋吉信
京都を代表する老舗和菓子店の鶴屋吉信は、江戸時代後期に創業した歴史ある店です。
商標権者は、株式会社鶴屋吉信の現在の代表取締役社長です。商標権は一種の財産権ですので、相続することができます。
明治時代には皇后が商品を購入されたこともあり、その品質の高さは広く認められていました。
「ヨキモノをつくるために、材料、手間ひまを惜しまぬこと」という創業以来の教えを守り続け、昭和35年には東京に進出。その後、全国各地に店舗を展開していきました。2003年には創業200年を迎え、伝統を守りながらも新しい挑戦を続けている老舗です。
創業の地の歴史を映す「紡ぎ詩(つむぎうた)」
鶴屋吉信が長年商いを続けてきた京都西陣界隈は、西陣織で知られる伝統工芸の地です。5世紀から6世紀にかけて渡来人によって養蚕や絹織物の技術が伝えられたこの地は、応仁の乱などの激動の時代を経ながらも、織物産地として発展を続けてきました。
「紡ぎ詩」は、この歴史ある土地への敬意を込めて創作された菓子です。繭の形を模したひとくち饅頭の表面にはケシの実があしらわれ、西陣織の糸を紡ぐ営みと、長い年月をかけて積み重ねられた職人たちの技術への思いが込められています。
この「紡ぎ詩」は商標登録(第2055254号)されており、鶴屋吉信だけが使用できる大切な菓銘として保護されています。
4. まとめ
菓銘は単なる商品名ではありません。それぞれの和菓子店の個性や哲学、職人の思いを表現する大切な要素です。
短い言葉の中に、日本の美意識、季節感、歴史、文学などが凝縮されており、和菓子文化の重要な一部を形成しています。
職人が丹精込めて創作した和菓子と、その思いを込めた菓銘。これらを第三者による模倣や侵害から守るためには、商標登録が欠かせません。商標登録によって、消費者は本物の味と職人の思いを正しく受け取ることができ、和菓子店は安心して伝統を守り、新しい創作に挑戦できます。
日本の和菓子文化を次世代に継承していくためにも、菓銘の商標保護は重要な役割を果たしています。私たちも和菓子を選ぶ際には、その菓銘に込められた思いを感じ取りながら、本物の味を楽しみたいものです。
ファーイースト国際特許事務所所長弁理士 平野 泰弘
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