1. 日本の商標権はどこまで及ぶか
日本で設定登録された商標権の効力は、日本全国に及びます。店舗が一地域だけで営業している場合も、権利がその商圏だけに縮むわけではありません。
ただし、「登録商標と似た名前を見つけたら、全国どこでも直ちに侵害になる」という意味ではありません。侵害の判断では、商標の同一・類似だけでなく、指定商品・指定役務との関係、相手の表示が商標として使われているか、商標法26条などの効力制限、先使用権の成否も確認します。
登録によって生じる専用権と禁止権
商標法25条は、指定商品・指定役務について登録商標を使用する権利を商標権者が専有すると定めています。さらに同法37条により、登録商標に類似する商標を同一・類似の商品や役務に使用する行為なども、侵害とみなされる範囲に入ります。
権利範囲は「マーク」だけで決まるのではなく、「マークと商品・サービスの組合せ」で決まる点が肝心です。
使用許諾では地域を区切れる
商標権そのものは全国に及びますが、ライセンス契約では、使用できる商品・役務、期間、地域、販売経路などを当事者間で定められます。たとえば、北海道内の店舗に限る、特定県の販売代理店に限るといった設計です。
専用使用権を設定登録する場合も、特許庁の申請書には権利を行使できる地域的範囲を記載する欄があります。全国効の商標権と、契約・使用権で区切った利用範囲は分けて考えます。
2. 海外で保護を受ける方法
日本の商標権は外国には及びません。中国、米国、欧州などで商品を販売したりサービスを提供したりするなら、保護を求める国・地域で別途権利を確保するのが基本です。
手続には、各国・地域へ直接出願する方法と、マドリッド協定議定書に基づく国際登録出願を利用する方法があります。マドリッド制度でも、保護を求める締約国を指定し、各指定国の審査を受けます。「世界共通の単一の商標権」が発生する制度ではありません。
海外展開を予定している場合は、販売開始や展示会、現地パートナーへの資料提供より前に、対象国と出願時期を検討してください。
3. 商圏が違えば侵害にならないのか
「PIA」パチンコ店事件
大阪地方裁判所平成23年6月2日判決(平成22年(ワ)第11115号)は、商圏が離れたパチンコ店同士の商標権侵害が争われた事例です。原告は関東圏、被告は兵庫県内で店舗を営業しており、顧客が現実に競合しているとは認められませんでした。
それでも裁判所は、商標権が全国的に効力を有することを理由に、現時点で競合していないことだけでは差止請求を否定できないと判断しました。指定役務と標章の類似など、他の侵害要件を検討したうえで差止めを認めています。
この判決から読み取れるのは、「商圏が違う」という事情だけでは防御にならないということです。商圏の相違が、損害額や混同の評価など別の論点で考慮される可能性まで否定するものではありません。
先に使っていれば必ず守られるわけではない
他人の出願前から名称を使っていても、それだけで先使用権が成立するとは限りません。通常の先使用権には、不正競争の目的がないことに加え、出願時にその商標が自己の業務を示すものとして需要者の間に広く認識されていたことなどの要件があります。
地域内での営業実績、広告、売上、報道、顧客の認識を示す資料は、後からまとめて作れません。未登録で使い続ける場合でも、使用開始日と使用地域を示す証拠を保存してください。
4. 地域事業者が名称を選ぶときの確認事項
地域限定の店舗名でも、候補を決める前にJ-PlatPatで先行商標を調べます。文字が完全に一致するものだけでなく、読み方や外観が近い商標、予定する商品・サービスと同一・類似の商品・役務まで確認します。
登録例は権利範囲と現在の状態まで読む
- 登録第6869030号「女将の日本酒ハイボール」:第43類「飲食物の提供」等
- 登録第6871157号「これがプロの答え」:第44類「美容,理容」等
これらは記事作成時に確認した登録例です。一般に使われる語を含む商標でも、全体として登録される場合があります。ただし、登録例が見つかっただけで、あらゆる使用が侵害になるわけではありません。登録商標全体、指定商品・指定役務、実際の使用態様を照合し、最新の権利状態も確認します。
検索方法はJ-PlatPatによる商標検索の解説もご参照ください。
5. よくある質問
Q1.一店舗だけの飲食店にも商標登録は必要ですか?
法律上の義務ではありません。ただ、未登録のまま他人の登録と衝突すると、看板、ウェブサイト、メニュー、予約サイトの名称変更まで必要になることがあります。営業地域が狭いことだけでは、そのリスクを避けられません。
Q2.同じ名称の店が遠方にあっても使えますか?
距離だけでは判断できません。先行する登録の有無、商標と役務の類似、使用態様、先使用権などを調べます。
Q3.日本の登録があれば海外でも優先されますか?
日本の登録だけで外国の権利は得られません。条約上の優先権を利用できる期間などもあるため、海外出願は早い段階で計画します。
Q4.ライセンスを都道府県別に分けられますか?
契約で地域を区切ることはできます。通常使用権か専用使用権か、商品・役務、期間、オンライン販売の扱いも合わせて明記します。
Q5.先に店名を使っていた証拠には何を残しますか?
開店時の看板・チラシ・ウェブページ、請求書、広告契約、売上資料、写真などです。作成日、使用地域、対象サービスが分かる形で保存してください。
6. まとめ
日本の商標権は全国に及ぶため、営業地域が離れているという理由だけで侵害を避けられるわけではありません。一方、侵害の成否は、商標、商品・役務、使用態様、効力制限や先使用権を含めて判断します。
外国での保護には、その国・地域への直接出願またはマドリッド制度の利用を検討します。地域事業でも海外事業でも、名称を使い始める前の調査と、使用証拠の保存が後の選択肢を広げます。
ファーイースト国際特許事務所
弁護士・弁理士 都築 健太郎
03-6667-0247
参考資料
- e-Gov法令検索「商標法」 https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000127
- 特許庁「商標権の効力」 https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/seidogaiyo/shotoha.html
- 特許庁「専用使用権設定登録申請書【商標】」 https://www.jpo.go.jp/system/process/toroku/iten/tetsuzuki_14.html
- 特許庁「マドリッド協定議定書による国際出願について(初めての方へ)」 https://www.jpo.go.jp/system/trademark/madrid/seido/madopro_beginner.html
- 大阪地方裁判所平成23年6月2日判決(平成22年(ワ)第11115号) https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/395/081395_hanrei.pdf
- 特許情報プラットフォーム(J-PlatPat) https://www.j-platpat.inpit.go.jp/
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