索 引
洋服について商標権を取得したのに、同じ手続きで一緒に指定できたはずの靴下・ネクタイ・手袋が権利範囲に入っていない。そのような商標権が一定数存在します。
洋服も靴下もネクタイも手袋も、商標の区分では同じ第25類に属します。出願時に願書へ書き加えるだけなら特許庁に支払う費用は変わらないのに、なぜ抜け落ちるのでしょうか。この記事では、当事務所が2021年2月の初回公開時に2020年までの商標登録データを集計した調査結果をもとに、指定漏れが起きる理由と防ぎ方を解説します。
1. 洋服の商標権から靴下やネクタイが抜け落ちている
商標の世界では、商品とサービスが第1類から第45類までの区分に分類されています。衣料品まわりでは、洋服のほか、ネクタイ、靴下、手袋、帽子、ベルト、履物などが同じ第25類に含まれます。
特許庁に支払う出願料や登録料は区分の数で計算されるので、洋服を指定して出願するとき、同じ第25類の靴下やネクタイを願書に書き加えても金額は同じです。アパレルブランドであれば、洋服とあわせて展開しやすいこれらの商品を一緒に指定しておくのが自然な設計です。
ところが実際の登録データを見ると、洋服だけを指定して、靴下・ネクタイ・手袋が権利範囲から外れている商標権が一定数見つかります。下の図1は、洋服を権利範囲に含む商標権のうち、これら3商品が権利範囲から外れているものの実数を年度別に集計したグラフです(2021年2月時点の調査)。
図1:洋服が権利範囲に含まれるのに、ネクタイ・手袋・靴下を権利範囲に含まない商標権数の年度別推移

グラフから読み取れるとおり、2020年に入ってから、このような狭い権利範囲の商標権が目立って増えています。
下着やベルトを指定し忘れている商標権を調べると、ネクタイ・手袋・靴下も同じように抜けている傾向が確認できました。しかも一部の分野に限った現象ではなく、アパレル以外の分野でも権利範囲の狭い登録が増えるという同じ傾向が観測されています。
ご自身の商標権の権利範囲は、J-PlatPat(特許情報プラットフォーム)で登録番号や商標名から検索すれば確認できます。「商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務」の欄に靴下やネクタイの記載がなければ、その範囲には権利が及んでいません。
2. なぜ追加費用のかからない商品まで削られるのか
考えられる背景として大きいのは、手続きを効率よく回したい事業者側の事情です。
権利範囲を狭く絞れば、先に登録された他人の商標と重なる可能性が下がり、審査官から拒絶理由を指摘されずに一度で登録まで進みやすくなります。事前の商標調査も願書作成も簡単になり、一定時間に処理できる件数が増えます。処理件数が増えるほど収益が上がる料金体系であれば、時間をかけて権利範囲を広く取る動機は生まれにくくなります。
逆に、同じ料金で取得できる最大限の範囲を確保しようとすると、他人の先行商標と衝突する可能性が高まり、拒絶理由への対応で時間と手間がかかります。お客さまのために範囲を広く取ろうとするほど、手続きの効率は下がるという構図があるわけです。
お客さまの立場では事情が逆になります。同じ料金で取得できたはずの範囲が削られていても、登録査定の通知だけを見れば「無事に登録できた」ようにしか見えません。権利範囲の設計は登録の成否と同じくらい重要なのに、外からは分かりにくいのです。
3. 本人出願だけの問題ではない
指定漏れは、専門家に依頼せず自分で出願した人の初歩的なミスだと説明されることがあります。商標権は年間10万件以上生まれるため、以前は誰がどのような申請をしているかを個別に確かめるのは簡単ではありませんでした。現在はデータ分析の環境が整い、登録データから出願の傾向を検証できるようになっています。
そこで、2020年に商標公報が発行された商標権について、専門家が代理した出願と、出願人本人による出願とに分けて、指定漏れが疑われる件数を比較したのが図2です。
図2:ネクタイ・手袋・靴下を権利範囲に含まない商標権について、専門家による出願と本人による出願の件数比較(2020年)

左が専門家の代理による出願、右が本人による出願です。本人出願に指定漏れが多いのは確かですが、専門家が関与した出願にも相当数の指定漏れが見られます。
つまり「本人出願のミス」だけでは説明がつきません。専門家に依頼していても、権利範囲の設計方針によっては、追加費用のかからない商品が指定されないまま登録に至る場合があるということです。依頼先を選ぶ際は、同じ料金でどこまでの範囲を指定できるのか、説明を求めてみてください。
4. 早期審査のためという説明は成り立つか
もう一つ考えられるのが、早く権利化するために早期審査制度を利用した結果、権利範囲が狭くなったという説明です。
商標の早期審査では、実際に商品やサービスに商標を使用している、または使用の準備を相当程度進めていることが求められ、事情によっては使用を証明できない商品を指定から外す対応が生じます。この制度を使ったのであれば、権利範囲が狭くなること自体には理由があります。
そこで、出願から登録までの期間が180日以内の商標権を早期審査の利用とみなす前提で、指定漏れが疑われる商標権のうち早期審査を利用したとみられる件数を集計したのが図3です。
図3:指定漏れが疑われる商標権のうち、早期審査を利用したとみられる件数(2020年・専門家/本人別)

グラフの濃い青の部分が、早期審査を利用したとみられる商標権です。専門家・本人を合わせても50件程度で、指定漏れが疑われる商標権の約9割は早期審査を利用していないという結果でした。
早期審査への対応で権利範囲を絞ったという説明が当てはまるのは、ごく一部にとどまります。大半の指定漏れは、別の理由で生じていると考えるのが自然です。
5. 指定漏れがもたらす不利益と後からの費用
商標権は、指定した商品・役務の範囲でしか効力を持ちません。願書に「洋服」だけを記載して登録した場合、靴下・ネクタイ・手袋は権利範囲から丸ごと抜け落ちます。
注意したいのは、登録後に指定商品を書き足すことはできない点です。出願内容に商品を追加する補正は認められないため、抜けていた商品について権利が必要になったら、新たな出願のやり直しになります。最初の願書に一行書き加えるだけなら無料だった範囲のために、もう一件分の出願費用と登録費用を支払うわけです。
費用の面から見ると、後から靴下の権利を取ろうとすれば、「洋服」の商標登録に要した費用と同じだけの費用が靴下のためだけにもう一度かかる計算になります。最初に願書へ記載していれば追加費用は一切かからなかった範囲です。
10年ごとの更新登録も、いま持っている権利をそのまま維持する手続きです。更新のタイミングで指定商品を増やすことはできません。商標権は更新を続ければ半永久的に保持できる権利ですから、長く使うブランドほど、最初の権利範囲の設計が後々まで効いてきます。
出願をやり直すまでの間に、他人が同じ商標を靴下やネクタイについて出願していれば、先を越された範囲の権利は取得できなくなるおそれもあります。商標権は将来の売却やライセンスの対象にもなる財産ですから、中心となる商品の周辺範囲が抜けていると、権利としての価値も下がってしまいます。
ブランドの模倣は、本体の商品よりも、靴下や小物のような周辺商品から始まることも珍しくありません。権利範囲の抜けは、模倣品対策の抜けに直結します。
6. まとめとよくある質問
洋服の商標登録では、同じ第25類の靴下・ネクタイ・手袋などを追加費用なしで一緒に指定できます。それにもかかわらず、これらが抜け落ちた商標権が2020年前後から増えており、本人出願のミスや早期審査への対応だけでは説明がつかないことを、調査データとともに見てきました。
出願前に確認したいのは次の3点です。
- 追加費用なしで指定できる範囲の中に、取りこぼしがないか
- 現在の商品と今後の展開先のどこまでを権利範囲に入れるか
- 依頼先が権利範囲の設計方針を説明してくれるか
この3点を押さえておけば、後から高い追加費用を支払う事態を避けやすくなります。
Q1. 洋服だけで登録済みです。靴下やネクタイを後から追加できますか。
登録後や審査中に指定商品を追加することはできません。追加したい商品について、新たに出願をやり直すことになります。その際は、先に他人の出願や登録がないかの調査から始めます。
Q2. 同じ第25類なら、商品をいくつ指定しても費用は変わりませんか。
特許庁に支払う出願料・登録料は区分の数で計算されるため、同じ区分の中で指定商品を増やしても金額は変わりません。区分が増えると、その分の費用が加算されます。なお、同じファッション関連でも、鞄は第18類、アクセサリーは第14類のように区分が分かれる点にはご注意ください。
Q3. 使う予定のない商品まで広く指定しておくべきですか。
広げすぎには別の注意点があります。継続して3年以上使用していない指定商品は、不使用取消審判で取り消される可能性があります。現在の事業と近い将来の展開先から逆算して、範囲を設計するのが実務的です。
Q4. 早期審査を使うと権利範囲は必ず狭くなりますか。
必ずではありません。使用中や使用準備中の商品・役務が対象になるため、証明できない商品を外す対応が生じる場合があるという制度です。急がない範囲は通常の審査で確保する、といった組み合わせも検討できます。
Q5. 依頼先を選ぶときは何を確認すればよいですか。
同じ料金で指定できる範囲をどこまで活用する方針か、権利範囲の設計について説明があるかを確認してください。登録できたかどうかだけでなく、どの範囲で登録できたかが商標権の価値を左右します。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
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