索引
(1)民進党の文字商標が第三者によって出願された経緯
新たな政党「民進党」について、この党名を民進党より先に特許庁に商標登録出願した第三者がいます。この第三者のことを、今はA社としましょう(A社は世間を賑わして有名になりたい意図も持っているでしょう。そんな意図を流し去ってしまうために以降は匿名のA社にして、徹底的にスルーしましょう)。
事件の概要は次の通りです。
(イ)A社による文字商標「民進党」の出願の経緯
- 出願日 :2016年3月10日
- 出願番号:商願2016−26255
- 出願人 :A社
(ロ)民進党よる文字商標「民進党」の出願の経緯
- 出願日 :2016年3月14日
- 出願番号:商願2016-28280
- 出願人 :民進党
商標登録の制度では、先に特許庁に商標登録出願の願書を提出した者が商標権者になる、いわゆる「先願主義」を採用しています。
A社は民進党よりも数日早く出願手続を完了しているため、形式的にはA社が先願人になり、このA社が正当な商標権利者になります。法律を杓子定規に適用すれば、民進党は商標「民進党」の商標権者になることはできないことになります。
(2)民進党は、「民進党」の表記を使えなくなるのでは
結論からいうと、本家本元の民進党は商標「民進党」を使うことができると私は考えます。専門家の間でも、今回の事例を持って本家本元の民進党が商標「民進党」を使うことができない、ということを主張する人はいないと思います。
現行の商標法が先に特許庁に手続をした者に権利を与える先願主義を採用しているのは、誰が本当の商標の権利者かについて争いが生じるのを防ぐためです。
法律に定められた形式に則って提出された書面を確認することにより、誰が最も早く権利申請をしたかは明確になりますから、誰が本当の権利者かを簡単に決定することができます。
ところがこの法律の規定を逆手に取って、他人の商標を片端から無断で出願する者がいます。その一人がA社です。早い者がちの制度なら、頂けるものは頂いてしまおうとする者が現れるのです。
こんなA社の行為を認めてしまうと社会的な混乱が生じてしまいます。ちなみにA社が昨年出願した商標登録出願は7000件以上、今年に入っての商標登録出願件数は8000件以上です。
A社による商標登録出願件数は、日本の一部上場企業を含むどの法人の商標登録出願件数よりも多いです。
しかも、A社の場合は、「商標登録出願に必要な、特許庁の印紙代をほぼ支払った形跡がない」のです。お金を払わずに次から次へと出願行為だけをしています。
実務上このようなA社の行為はどのように扱われるのでしょうか。
(3)特許庁は商標の横取り出願をどのように扱うか
特許庁も間抜けではありません。当然、A社の行為は先刻ご承知です。
特許庁から、下記のような特別な注意事項が公開されています。
=>自らの商標を他人に商標登録出願されている皆様へ(ご注意)
最近、一部の出願人の方から他人の商標の先取りとなるような出願などの商標登録出願が大量に行われています。しかも、これらのほとんどが出願手数料の支払いのない手続上の瑕疵のある出願となっています。
(中略)
仮にご自身の商標について、このような出願が他人からなされていたとしても、ご自身の商標登録を断念する等の対応をされることのないようご注意ください。
平成28年5月17日 特許庁
ちなみに私は20年以上この業界に関連していますが、特許庁がこのような大がかりな注意喚起をしたことを見たことも聞いたこもとありません。昔からこういうことをする者はいました。けれどもこういうことをする者は日影者で、表舞台に顔を出すようなヘマはしませんでした。
時代は変わった、ということでしょうね。
(A)特許庁の印紙代を納付しないと商標登録出願が却下されます
商標登録出願に必要な特許庁の印紙代を納付しないと、特許庁から必要な印紙代を一定期間内に支払うように命令がきます。この命令に従わない場合には商標登録出願の手続が却下されます。出願が却下されると、その出願は初めから無かったものとして扱われますので、A社は何らかの権利を主張することが一切できなくなります。
(B)後から特許庁の印紙代を納付しても審査に合格できない場合があります
後から特許庁に印紙代を支払った場合でも商標登録できない場合があります。
例えば、権利奪取だけを目的にしていて、A社の業務に係る商品・役務について使用するものでない場合とか、人の著名な商標の先取りとなるような出願や第三者の公益的なマークの出願である等の場合には、特許庁では審査に合格させることはありません。
(4)裁判所は商標の横取り出願をどのように扱うか
裁判所もやはり間抜けではありません。仮に裁判で争う結果になったとしてもそう簡単にはA社に商標権を渡す判断はださないです。
同様なケースについて判断が示された裁判例
知財高裁でも同様なケースについて争われた先例があります。この場合も、被告が商標権を片端から取得していた点が問題となりました。
商標法では商標登録の要件として、「自己の業務についての商品とかサービスに商標を使用する」ということが条件として課されています。
この裁判では、被告は、商標を出願して集める行為をしているだけで、上記の条件を満たすとは認められないとして、被告に対する商標登録を否定しています。
被告は,他者の使用する商標ないし商号について,多岐にわたる指定役務について商標登録出願をし,登録された商標を収集しているにすぎないというべきであって,本件商標は,登録査定時において,被告が現に自己の業務に係る商品又は役務に使用をしている商標に当たらない上,被告に将来自己の業務に係る商品又は役務に使用する意思があったとも認め難い。
したがって,本件商標登録は,「自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標」に関して行われたものとは認められず,商標法3条1項柱書に違反するというべきである。平成24年5月31日 知的財産高等裁判所判決 平成24年(行ケ)10019号
今回の民進党の文字商標の場合に限らず、人の商標を大量に出願して、当事者から金銭を脅し取ろうというのであれば、そのような行為は断じて許されるものではありません。
もし裁判所でA社に商標権を取得させる判決を得る自信がある弁理士・弁護士がいらっしゃるのであれば、ぜひ原告・被告に分かれて法廷でお会いしましょう。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247