索 引
アパレルブランドで商標を出願するとき、洋服だけを指定して靴類を外してしまう登録が、2020年を境に急増しています。J-PlatPatでデータを拾ってみると、2020年の前年比はプラス1,113件(59.0%増)。一時的なブレではなく、その後も高止まりしています。
同じ第25類の枠内で洋服と靴類を一緒に指定しても、特許庁に納める印紙代は変わりません。にもかかわらず靴類を外してしまうと、後から権利範囲を広げようとしたときに別出願扱いとなり、費用も手続きも最初からやり直しになります。今回はこのテーマを、実務の目線で整理します。
1. なぜ今、「靴類」の指定が論点になるのか
洋服ブランドを立ち上げる段階で、経営者の頭にあるのは当然「洋服」です。靴まで売る予定はない、という前提で出願内容を決める——この流れ自体はごく自然です。
ただ、商標制度の仕組みから見ると、ここに落とし穴があります。第25類は、被服(洋服)と履物(靴類)の両方をカバーする区分です。同じ区分内で指定商品を増やしても、特許庁の印紙代は据え置きになります。つまり、洋服だけで出願しても、洋服+靴類で出願しても、出願費用そのものは同じです。
それにもかかわらず、靴類を外した登録が増え続けている。これが今回取り上げたい現象です。
2. 見過ごされやすい制度上の落とし穴
商標制度では、一度出願した後に指定商品を足すことは、原則として認められません。「洋服で権利を取ったあと、やっぱり靴にも広げたい」となった場合、新しい出願として一から手続きをやり直すことになります。
別出願になると、出願料、審査料、登録料、代理人手数料がもう一式かかります。審査期間も、通常はおおよそ6か月から1年。新商品の発売日やコラボ企画のスケジュールに間に合わない場面も出てきます。
さらに厄介なのは、その間に第三者が同じ商標で靴類の権利を先に取ってしまう可能性です。ブランドの知名度が上がったあとほど、この先取りリスクは現実味を帯びてきます。
3. データが示す構造的な変化
2015年から2024年までの、洋服だけを指定して靴類を含めていない商標登録の件数を並べてみます。
- 2015年:1,504件
- 2016年:1,738件(+234件/+15.6%)
- 2017年:1,969件(+231件/+13.3%)
- 2018年:1,873件(-96件/-4.9%)
- 2019年:1,886件(+13件/+0.7%)
- 2020年:2,999件(+1,113件/+59.0%)
- 2021年:3,386件(+387件/+12.9%)
- 2022年:3,575件(+189件/+5.6%)
- 2023年:2,657件(-918件/-25.7%)
- 2024年:2,710件(+53件/+2.0%)
出典はJ-PlatPatの検索結果に基づく筆者集計です。
2015年から2019年までは、おおむね1,500件から1,900件のレンジで動いていました。それが2020年に一気に2,999件へ跳ね上がり、2022年には3,575件でピーク。2023年にいったん下がったものの、2024年は再び上向いています。
5年近く続いている高水準は、担当者個人のうっかりミスでは説明がつきません。業界や出願実務の構造そのものが変わった、と見るほうが自然です。
4. なぜ「靴類」が漏れやすいのか
現場に身を置いていると、いくつかの要因が重なっていることが見えてきます。
ひとつは、出願プロセスの効率化です。依頼書の内容を、そのまま指定商品欄に流し込む運用が広がると、「洋服」と書かれていれば洋服だけが記載される、という機械的な処理になりがちです。
もうひとつは、初期費用をできるだけ絞ろうとする発想です。使う予定のない商品まで広げると不使用取消のリスクが上がる、という説明を聞いて、慎重になる依頼者も少なくありません。
ただ、ここは整理が必要です。不使用取消審判で取り消されるのは、実際に使っていない商品役務だけです。使っている商品役務は、審判を受けても権利は残ります。しかも、審判請求そのものが全件に起こるわけでもありません。追加料金が発生しない範囲であれば、使う可能性のある商品は入れておく——この判断軸のほうが、総合的な費用対効果は高くなります。
加えて、出願時のコミュニケーションの問題もあります。「今後3年以内に使う予定の商品は?」と聞かれて、現時点の商品ラインだけを答えてしまうケース。アパレルは市場のサイクルが速く、コラボやライン拡張で商品構成が変わるのは日常茶飯事です。
5. 実際に起こる問題
靴類を指定から外してしまうと、後からいくつかの形でツケが回ってきます。
経済的な負担が増える
別出願になるため、出願料・審査料・登録料の一連が再度発生します。代理人を通して進めるなら、手数料ももう一度。最初に同じ出願にまとめておけば負担ゼロだった部分に、後から数万円単位の出費が乗ります。
時間のロスが発生する
商標登録にかかる期間は、通常6か月から1年程度。新商品発売のタイミングや、期間限定コラボに合わせて権利を間に合わせたいとなると、この待ち時間は致命的になります。
競合他社による先取りリスクが上がる
ブランドの認知度が高まると、同じ商標で靴類の権利を第三者が先に取得する動きが出てきます。取り戻すには交渉や審判、場合によっては訴訟が必要で、かかる時間と費用は桁違いです。
ブランド管理が煩雑になる
同じブランド名でも、商品カテゴリーごとに別々の出願番号・登録番号を持つことになり、更新時期の管理や権利範囲の把握が面倒になります。
6. 出願前に確認しておきたいポイント
同じ失敗を繰り返さないために、出願前に整理しておきたいチェックポイントを挙げます。
事業計画の観点では、今後3年以内に靴類を扱う可能性があるかを確認します。今は計画になくても、顧客からの要望や市場のニーズで展開する可能性があるなら、その段階で含めておくのが合理的です。
販売チャネルの観点では、自社ECサイトや店舗でのコーディネート提案を想定します。洋服と靴をセットで提案する構成なら、靴類の権利は当然必要になります。
第25類の指定商品設計としては、洋服と靴類を基本に置き、下着、ベルト、靴下などもあわせて検討します。第25類の枠内であれば、どこまで入れても特許庁の印紙代は同額です。
指定商品の表現は、特許庁が推奨する標準的な書き方を使います。「被服」「履物」のような包括的な表現を使うと、カバー範囲を広く取りやすくなります。
7. 依頼するときの伝え方
弁理士や特許事務所に出願を依頼するときは、次の一言を添えてください。
「第25類については、将来の事業展開も踏まえて、靴類を含めた漏れのない指定商品にしてください」
この一言があるかないかで、代理人側の起案の方向が変わります。現時点の商品だけを拾って終わり、ではなく、その先のブランド展開まで織り込んだ権利設計に踏み込めるようになります。判断の軸はシンプルで、「追加すると追加費用が発生するかどうか」。発生しない範囲は、使用する可能性があるものを入れておく。これだけで、後のコスト構造が大きく変わります。
8. 制度を理解したうえでの戦略的な権利取得
特許庁の印紙代は区分(類)単位で決まっています。第25類の枠内で指定商品を書く限り、洋服だけでも、洋服+靴類+下着+靴下でも、印紙代は同額です。ここを押さえておくだけで、初回出願で権利を広く取っておく合理性が腑に落ちます。
一方で、追加料金が発生する区分まで広げるのは別の判断軸です。商標法では、継続して3年以上使っていない商標について、第三者から取消審判を起こされる可能性があります。取り消されるのは使っていない部分に限られるので、びびりすぎると逆に損をしますが、使う見込みのない区分まで増やす意味もありません。「追加料金が発生しない範囲で、削りすぎている部分がないか」を軸に考えるのが、現実的な落としどころです。
9. 今後のアパレル商標戦略への示唆
2020年以降のデータが示しているのは、業界全体が一度立ち止まって見直すべきテーマです。追加費用ゼロで取れる範囲を、意図せず外してしまっている登録が、毎年2,000件から3,000件規模で発生している。この事実は、出願実務の現場に課題が残っていることを意味します。
アパレルビジネスは、洋服・靴・アクセサリーを統一ブランドでトータル提案する方向へ進んでいます。ブランドを育てた後に「靴も出したい」となったとき、権利範囲の穴がそのまま経営リスクになる——これは、ブランドを大切に育てる事業者ほど避けたい事態です。
商標登録は手続きではなく、ブランドを守る投資です。出願の段階でどこまで考え抜けるかで、5年後、10年後の選択肢が変わります。実務10年以上の経験を持つ弁理士・弁護士が直接担当するかどうか、起案前にどれだけ事業の将来像まで聞き取ってくれるか。依頼先を選ぶときの判断軸として、ここを押さえておいていただきたいところです。
権利範囲の設計でお困りの際は、出願前の段階からご相談ください。事業計画と費用のバランスを踏まえて、必要十分な指定商品をご一緒に組み立てます。
ご相談は無料の商標お問合せフォームから承ります。出願時の費用感を先に知りたい方は、商標登録費用のページもあわせてご確認ください。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247
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