1. はじめに
ビジネスの開始前に調べたが問題となる他社の商標は存在しないことを確認した後でも、商標権侵害のトラブルに巻き込まれることがあります。
商標出願制度は先に特許庁に出願手続を済ませた者が権利者になる制度ですから、商標を調べるだけで実際に特許庁に手続をしていなければ、後から他人にこちらの商標権を取られてしまう場合があります。
なぜこの様な制度になっているのか、実際の事例はどうかのかを解説します。
2. 商標出願の先願主義とは何か?
商標出願の先願主義とは、最初に特許庁に商標登録出願の願書を提出した者に商標権を与える制度のことをいいます。
実際に特許庁に商標出願を行い、審査に合格してから登録手続を経て商標権が発生します。
現存する商標権の情報は、全て特許庁に登録されているので、商標に商標権を設定して保護する制度のことを登録主義ということもあります。
先願主義の場合、どの時点で誰が特許庁に商標出願の願書を提出したかの記録が残っていますので、誰が権利者を簡単に決定できるメリットがあります。
これに対して、先に出願した者を守る制度ではなく、先に商標の使用を開始した者を守る制度の方が、納得度が高いと思います。
私が最初に使用を開始したのだから、私に商標権が与えられるとの主張は、説得力があるからです。
3. 先願主義のメリット
現在、世界中のほぼ全ての国で先願主義が採用されています。商標の使用の実績を重視する国もありますが、なぜ最初に商標を使用した者に権利が与えられないのでしょうか。
3-1. 誰が権利者かでもめることがない
先願主義の最大のメリットは、先に説明した通り、誰が正当権利者かは最初から明らかである点です。特許庁で商標出願の願書が受理された時点を基準に、誰が最も早く手続を済ませたかを確定できるからです。
3-2. 使用主義では本当の権利者を決定できない
最初に商標の使用を開始した者に商標権が与えられる制度の場合、納得度は高いですが、誰が本当の権利者なのかの決定が困難である問題があります。
1000万円の落とし物が見つかった場合に、もしかしたら自分が落としたかもしれないという方が10人以上名乗り出るみたいな話で、例えば、アップルとかグーグルとかの商標が未だ登録されていない場合、自分が先に日本で使い始めた、という方が多数名乗り出るかもしれません。
本当の権利者が誰かを決定する手続は大変です。
仮に一連の騒動で最先の商標の使用者が誰かを決定できたとしても、後になってから、我こそが最初の商標の使用者だ、と名乗り出る方が出てくる可能性もあります。
先願主義なら、後から名乗り出る後出しじゃんけんを防ぐ効果があります。
4. 先願主義のデメリット
同じ商標権の範囲について、出願が出遅れると、他人にこちらの商標権を先取りされてりまうことがデメリットとして挙げられます。
誰がいつ商標出願するかは、事前には分かりません。出願後に公開される出願公開公報の内容で、後になって出遅れた事実に気が付きます。
全員同じ条件で戦っているので、あなただけが不利になる、ということではありません。
なお、誰がいつ商標出願したかは、特許庁の特許情報プラットフォームで、インターネットで無料で調べることができます。
5. 先願主義の修正制度
先手必勝・早い者勝ちの商標出願制度ですが、商標の横取りを防ぐ制度も設けられています。
- 情報提供制度:審査官に登録すべきでない情報を提供できます
- 異議申立制度:特許庁に対して登録の是非を問う待ったの手続ができます
- 無効審判制度:異議申立期間経過後でも、当事者なら特許庁に登録の無効を請求できます
これらの修正制度が設けられている、ということは、逆に、商標法自体が、商標を横取りされる事態を事前に想定している、ということを意味します。
実際は担当審査官・審判官が判断します。商標登録されるかどうか、登録が有効か無効かの判断は商標法に定められた法律の内容に従って進められます。
先に権利を取られるのは気に食わない、許されない、という主観的な主張だけでは特許庁の判断は覆りません。
どの商標法の条文の規定に反するのか、証拠を添えて特許庁に手続をする必要があります。
どの制度も採用できる期限とか請求できる理由の制限があります。詳細は弁理士・弁護士に個別にご相談ください。
6. 商標を横取りされた側が侵害者に
信じがたいと思いますが、法律上は商標を横取りされた側が商標権を侵害する侵害者の立場になり、商標を横取りした側が法律上は商標権の正当権利者になります。
誰もがだれよりも先んじて商標登録を済ませておけば、こちらの商標を他人に先取りされることを防ぐことができます。
実際は、ネーミングやロゴマークに商標権を設定できることを知っている方はそれほど多くありません。他人に自分の権利を先取りされて、そこで初めて商標出願制度があることを調べて知る方も多いのが実情です。
7. 実際にあった事例
互いに内容が衝突する出願が同時期に出願される事例はそれほど多くありません。
私が実際に経験した事例では、出願日が我々陣営の方が12日早かった事例があります。
タッチの差でこちらが正当権利者になり、出願が遅れた他人は、これから一生希望する商標を使用できなくなる状態になりました。
同じ時期に同じ内容の出願がなされたのをみて、互いにライバル関係にある事業者が欲しいと思う商標は同じなんだな、と、そのときおもいました。
8. まとめ
商標を検索して調査結果が問題ないことが分かったなら、早く出願して他人に大切な商標を取られないように対策しておく必要があります。
商標トラブルの相談のほとんどは、最初に商標登録を済ませておけば生じなかったものばかりです。
他人に出願されてしまった後の対応では、かえって支払う費用総額が多くなってしまいます。余計な費用は払わずに済ますに越したことはないです。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247