はじめに
もし今、知的財産権(※)の侵害に関わる問題でお悩みでしたら、「司法取引」と呼ばれる協議・合意制度を耳にされたことがあるかもしれません。
「司法取引」をうまく活用すれば、刑が軽くなるかもしれない、と期待したくなる方も多いですよね。
とはいえ、実際には「他人の事件についての協力」が条件となるなど、少し複雑な仕組みでもあります。
まずは、司法取引(協議・合意制度)がどのような仕組みなのか、そして知的財産権を侵害した場合にこの制度がどんなふうに扱われるか、順を追って簡単にご説明します。読んでいただくことで、「なんだか難しそう」という気持ちが少しでも軽くなり、今後の行動のヒントになれば幸いです。
※知的財産権:特許や商標など、自分のアイデアやブランドを守るための権利をいいます。たとえば、自分が開発した画期的な商品や、日常でよく目にするファッションブランドのロゴなどが当てはまります。
1.協議・合意制度(司法取引)の施行
2016年に刑事訴訟法等が改正され、組織的な犯罪に対抗する手段として「協議・合意制度(司法取引)」が導入されました。
イメージとしては、捜査協力と引き換えに、検察官が起訴を見送ったり、求刑を軽くしたりできる仕組みです。
ただし、大きなポイントは、“他人の事件”に協力することが条件だということです。
つまり、自分が犯したかもしれない犯罪について自白したからといって、直接その刑が軽くなるわけではありません。「自分のことを話す」だけでは、司法取引の対象外になってしまうのです。
この制度は2018年6月1日から施行されていますが、捜査機関にも慎重な姿勢がうかがえます。理由としては、取り調べの際に誤った供述が誘発されるリスク、いわゆる冤罪(えんざい)を生みやすいことが懸念材料として挙げられるからです。
また、この制度は何でも対象となるわけではありません。たとえば殺人罪は対象外ですが、一方で「財政経済関係犯罪」に該当する法律は広く政令で定められています。
実はそこに、知的財産権侵害罪(特許法や商標法、著作権法など)も含まれています。
2.知的財産権侵害罪
先ほど触れたとおり、特許法や商標法などの知的財産権侵害罪は、司法取引の対象となる犯罪に含まれています。たとえば、
- 特許権を侵害すると、10年以下の懲役または1,000万円以下の罰金(場合によっては両方)が科されることもあります
- 商標権を侵害すると、いわゆる「偽物ブランド品」を作ったり売ったりした場合に、捜査や起訴されるケースが比較的多く見られます
とはいえ、現実には特許権などの侵害で起訴に至るケースは多くありません。
技術が専門的であるため、捜査機関としても立証が難しい面があるのです。実際に事件数が少ないと、司法取引を活用する場面も多くはないだろう、と考えられています。
一方、偽物ブランド品の販売など、商標権侵害の場合は比較的捜査が積極的に行われる傾向があります。たとえば高級ブランドの偽バッグを売買するといった行為は「商標権の侵害」に該当しうるため、取り締まりも厳しくなりがちです。
令和2年6月、著作権法が改正され(令和2年法律第48号)、インターネット上のいわゆる海賊版対策の強化として、いわゆるリーチサイト・リーチアプリにおいて侵害コンテンツ(違法にアップロードされた著作物等)へのリンクを提供する行為やリーチサイトの運営行為・リーチアプリの提供行為に対する罰則が新設された(同年10月施行)。また、同改正により、違法にアップロードされた著作物のダウンロード規制について、その対象を著作物全般に拡大し、違法にアップロードされたものと知りながら侵害コンテンツをダウンロードする行為を、一定の要件の下で私的使用目的であっても違法とし、このうち正規版が有償提供されている侵害コンテンツのダウンロードを継続的に又は反復して行う行為に対する罰則が新設された(3年1月施行)。
令和6年版 犯罪白書 第4編/第4章/第3節より引用
3.おわりに
ここまでのお話をまとめると、「知的財産権の侵害でも司法取引によって刑が軽くなる可能性が全くゼロではない」というのは事実です。
ただし、それはあくまで“他人の事件”への捜査協力が前提となりますし、実際には知的財産権侵害で起訴に至る件数自体が多くないため、どこまで活用の幅があるかは未知数と言えます。
「協議・合意制度(司法取引)」は比較的新しい制度で、今後の運用や裁判例によって、その扱い方が変化していく可能性があります。
将来的には、談合などの企業犯罪だけでなく、知的財産権侵害の捜査にも広く使われる日が来るかもしれません。
これからの行動のヒント
もし知的財産権侵害に関わるお悩みをお持ちでしたら、まずは専門家に相談してみることをおすすめします。
「他人の事件」について協力できるような事情はあるのか? あるいは、「自己の事件」について法的にどう対応すべきか? といった点を一緒に整理してもらうと安心です。
最近はオンライン相談など手軽なサービスも増えていますので、できるだけ早い段階で情報を集めておくと、気持ちがずっと楽になりますよ。
というわけで、司法取引は決して「どんな犯罪でも刑が軽くなる魔法の制度」ではありませんが、知的財産権侵害もその対象には含まれています。何か不安に思われている方は、まずは正確な知識を得ることが、今できる大きな一歩ではないでしょうか。
少しでも皆さまの心配が和らぎ、次に取るべき行動への見通しがつくよう願っています。お困りの際は、専門家へのご相談を遠慮なく検討してみてくださいね。
ファーイースト国際特許事務所弁護士・弁理士 都築 健太郎
03-6667-0247